その日、カミング家は早朝から慌ただしかった。

 使用人だけではなく、この家の主人でさえも日が昇る前に起きて支度をし、このめでたい日のために忙しなく動いていた。
 怒号が飛び、叱責の声が絶え間なく聞こえる。

 普段から優しさの欠片もない主人ではあるが、今日はさらに余裕がないようだ。少しでも作業が遅れると唾を飛ばされながら怒鳴られる。使用人たちの間に緊張感が高まっていた。

 それも致し方ないことだ。

 今日はカミング家の一人娘、ロゼリアの輿入れの日。
 親ならば誰しも、この晴れの日を完璧なものにしたいはずだ。
 そして、娘の幸せを願い自分のもとを発つ娘の背中を見送りたい。それが親心というものだろう。

 ところが、使用人たちは知っていた。
 決して主人はそんな親心から怒鳴っているのではないのだと。
 自分の損益になりそうなものは一切許せない。そんな卑しい気持ちからくる、身勝手な言動だと。

 だから、一年前に屋敷にやってきたメイドのアリシアは憂鬱だった。

 自分と同じ年頃のロゼリアは、金のために中年の金持ちに身売り同然に嫁がされる。皆、口にはしないものの、ロゼリアの父の思惑は明確だった。