マーカス第一王子に謁見することができたのは、私が肺炎から恢復したちょうど一週間後だった。ヴィクターは当初は周囲へのけん制をこめて求婚を認めてもらうだけの心づもりだったようだが、マリアンヌ事件が起こった後、すっかり独占欲の塊となってしまった。
 もう婚約するってことでいいな、と言い出し、エリックが苦笑していた。私が了承すると、歓喜したヴィクターにぎゅっと抱きしめられて、ますます兄になまぬるーい眼差しで見られるのであった。

 王太子の接見室にてヴィクターと頭を垂れて待っていると、年若く聡明そうなマーカス王子は部屋に入ってくるなり、ふふんと笑った。

「二人とも頭を上げよ。――ヴィクトル、お前の婚約者を紹介してくれるのを待ちわびていたぞ!」

 かなり親しみのこもった口調でヴィクターとの関係が良好であることが察せられる。

「はい。彼女がエリック・シュワルツコフの妹、アリアナです」

 ヴィクターが私のことをつつがなく紹介して、私も貴族令嬢の最上級の礼をもって王太子に挨拶をする。

「うむ。エリックに聞いたが、あの事件の後、記憶がなくなったらしいな、アリアナ?」

「はい」
 
 緊張して少し声が震えたがなんとかそう答える。王太子はアリアナの起こした事件も勿論ご存知でいらっしゃるようだ。

「確かスミスのところの、ファビアンとか言ったか。他にも良からぬ噂があるし、近いうちにお前たちに仕事でちょっと探ってもらわないといけないな」

「御意」

 ヴィクトルが短く了承の意を示す。
 ここで仕事の話が唐突に出てきて内心驚いたが、顔には出さないでやり過ごした。王太子はそれ以上仕事の話には触れずに、ぱちんと両手をたたいた。

「恋を知らないヴィクトルとその心を射止めたアリアナ、余はお前たちを祝福する!これからは夫婦でもって終生余に忠誠を尽くせ」

「ありがたきお言葉、いたみいります」

「うむ」

王太子は満足そうに、笑った。

「で、ヴィクトル、どこがよかったんだ?アリアナの。難攻不落の貴公子と呼ばれて久しいお前が俺のところに結婚の承諾を得に来る日がくるなんて夢にも思わなかったぞ」