「あのヴィクター兄様がアリアナに求婚するなんて、一年前なら考えられなかったわ」

 あれから三ヶ月後。

 今日は私はシュタイン公爵家の内輪で開かれているお茶会に呼ばれてきていた――ヴィクターではなく、シュザンナに。シュザンナはヴィクターによく容姿が似ていて、男勝りな美人である。歯の奥に何かつまったような喋り方をする貴族令嬢がほとんどの中、彼女の竹を割ったようなさばさばした口調は本当に魅力的だ。今はシュザンナの私室にて彼女と二人で気楽なティータイムを過ごしている。

「でしょうね」

 シュタイン家の紅茶はこれまたとてつてもなく美味しい。焼き菓子もしかり。私はさくさくしたバターたっぷりのクッキーを堪能しているところだ。侯爵家のメシマズテロもかなりマシになったと思うのだが、さすがにシュタイン公爵家には適わない。

「今の貴女のことをうんぬんと言っているわけじゃないの、あくまで前のってこと」

「いいのよ、気にしてないわ」

 アリアナの日記を読んでからは、シュザンナの言っている意味もよく分かる。アリアナは完璧に孤立していたと思う。彼女はそれを自覚していながらも、どうすることも出来なかったのだ。本当はシュザンナともこうやって楽しくお茶をしたかったかもしれないのに。

「私は今の貴女はとても好き。本当に別人のようだもの。だから貴女が義姉になることは大歓迎よ。これからもずっと家族として近しい距離で仲良くしていけるってことでしょう?」

「ありがとう。私も貴女のことがとても好きよ」

 私たちはそれからシュザンナに求婚を申し込んできている貴族青年たちの話にうつった。王国随一の公爵家の令嬢としてシュザンナのところにはひっきりなしに縁談が舞い込んできているという。シュザンナには、フォン公爵家の嫡男エーリヒという幼馴染がいて、彼のことをずっと憎からず思っているのだが、肝心のエーリヒが聞くところによるとツンデレの極みらしく、彼だけはシュザンナに求婚してくれないのだという。

「エーリヒはもしかしたら私のことは全然好きでもなんでもないのかもしれないわ」

 私の聞いている限りだと、エーリヒもシュザンナのことを気にかけているように思うのだが、まだエーリヒ本人に会ったことがないので、何とも言ってあげられない。すっかり気弱になっているシュザンナを慰めていると、ノックもおざなりにドアが開けられた。

「アリアナ! 来てたのか!」

 颯爽と部屋に飛び込んできたのは、目下私の求婚者の――ヴィクターである。シュザンナが淑女らしからぬ、うえっという顔をしてみせる。自分の恋愛話をしていたところに実の兄が飛び込んできたのだから彼女の気持ちはよく分かる。

「ヴィクター兄様のことなんて呼んでないんだけど」

「アリアナは俺の婚約者だ」

「今は女同士の話をしているの! お兄様は出ていらして!」

 女同士の話と言われてしまうと、ヴィクターには手も足も出ない。

「アリアナ、帰りは俺がエスコートするからな。勝手に帰るなよ」

「承知しました」

 苦笑した私が了承すると、彼はやっと納得して部屋を出て行った。さっきまで悲痛な顔だったシュザンナが我慢できず、笑い出した。

「あんなお兄様みたことない。あの変わりようったら!初恋だもの、仕方ないのかしらね」

 私はいたたまれなく、紅茶に手を伸ばしたのだった。