(やば…イケメンがデレるとか破壊力凄すぎ)

 目の前のイケメン―ケイン伯爵激似――ヴィクターは顔半分を右手で隠して、自分の顔が赤くなっていることを隠そうとしているようだ。この顔に弱いんだ、私は! だって推しなんだもん!

「―――とにかく!」

「は、はい」

「俺はお前を手に入れたい。求婚の許可もある。だからこれからはお前のことをもっと知りたいし、お前にも俺のことを知ってほしい。お前が俺の評判を信じていないと言ってくれたのは嬉しいが、お互い知り合っていけばそれが本当にただの噂だとも分かるだろう」

 私はしばしその言葉の意味を考える。

 彼はどうやら本当に求婚したいと思ってくれているようだ。あの兄から求婚の許可をもぎ取ったということは、口約束ではなく本気なのだろう。

「ヴィクター、そう言ってくださってありがとうございます」

「リンネ」

 彼は私の名前を大切そうに呟く。まるで本当の名前を知れて嬉しいとでも言うかのように。
 私は彼の顔を見た。
 最初は断ろうと思っていた――が、彼の落ち着いた漆黒の瞳を見上げた時、今までヴィクターがどんな瞳で私を見つめていたかが自然と思い浮かび――突然私の口は『言うべきこと』とは全然違うことを勝手に喋り始めた。

「今の時点でお互いに知り合うというご提案をお断りする理由がありません――お受けいたします」

 彼の瞳にさっと何かの感情が走ったのがわかった。その感情を確かめるより先に私の口は動き続ける。

「ですが、アリアナは7カ月前にスキャンダルを起こしたばかり。なので求婚するという関係を公にするのは得策とは思えません。それから私は……本当にこの世界の常識がないので、貴族の妻として采配を奮ってやっていけるかどうかも全く自信がありません。私がどこまで出来るかという意味でもお互い知り合っていければ、と」

(私……何言ってるの……この世界の人間じゃないのに…)

 だが、その答えはどうやら彼のお気に召したらしく、ヴィクターはまるで幼い子のように、にっこりと笑った。人前でみせるニヒルな微笑とは違い、掛け値なしの彼の笑顔はヴィクターを年相応に若々しく見せ――とても素敵だ。この笑顔を見て――今言ったことを撤回する勇気は私にはない。

「ありがとう、リンネ。俺の立場を心配してくれてるんだな。お前はやはり優しい」

 嬉しいよ、今はそれで十分だ、と彼は囁いた。

 ☆☆☆

 ヴィクターと共に屋敷に戻ると、玄関ホールでにやにやして兄が待ちうけていた。

「それで?」

「とりあえずこれから求婚することを許してもらった」

 あまりに晴れ晴れとヴィクターが言うので、私は途端にいたたまれなくなり俯いた。

「ほほぉ。リンネ、よろめいたか!」

 断じて、まだ、よろめいてなどいない!

「でも、こんな奇妙な恰好の令嬢でもいいっていう紳士って珍しいですね」

 エリックの揶揄いから話を逸らすべく、私が自分の身体の線を隠すトップスとパンツを指し示すと、ヴィクターはそんなこと考えこともない、というような表情で言った。

「最初に見た時に驚いたことは否定しないが、慣れたらその格好のリンネはとても可愛いぞ?」

 その答えに私だけではなく、突然の親友のデレを聞いてられない、とエリックの顔まで真っ赤になったのだった。