エリックの誘導尋問にあっさりひっかかってしまった。

(ついぽろっと……だって31だもん、それなりに経験あるよ…)

 皆原凛音としての私は非処女である。初彼は高校生の時でそれから三人と付き合った。すごくモテるわけではないから、経験人数もごく普通の範囲だと思う。ここしばらく彼氏はいなかったけど、もし縁があって次に付き合う人がいたら、そのまま結婚するかもなあ、とは漠然と考えていた。

 ヴィクターの顔を見ると、それはそれは静かに怒ってらっしゃる――ようにみえた。これはなんの怒り? まさか……嫉妬? 嫉妬って過去の男たちへの? いや、まさかまさか。だけど、その表情をみていたら、本当にこの人は私のことが好きなのかもしれない、と信じるに足るような気がした。

(だけどそれは私、じゃなくて、アリアナに対してだよね…)

「あ、でもアリアナはその、私とは違って、無垢なままっていうか」

 アリアナは結婚詐欺に巻き込まれているが、昨日の日記から察すると、ファビアンとの関係は清いままで手を握ってたのかも怪しい。私がそう言うと、ヴィクターは更に苛々が募ったようだった。

「アリアナなんて関係ないだろ」

「え」

「俺はお前がいい、と言ってるんだ。どうしてそこにアリアナが出てくる」

「えぇ?」

 完全に思考がごちゃごちゃになる。アリアナは関係ない? ヴィクターは埒があかない、とばかりに顔の下半分をごしごしとこすって何か考えている。普段冷静な彼がみせる感情的な行動に目が点になる。

「エリック!」

「何」

 顔など見なくてもエリックの声だけでわかる、兄は絶対に、この状況をあり得ないほどに、面白がっている!

「俺はお前からリンネに求婚する権利を認めてもらったな」

「確かに」

「じゃあ、俺がいまからリンネを連れ出してもお前には異論ないな」

「まあ、行く場所によるけど」

「中庭だ」

 ヴィクターが私の右手をその大きな手で逃さないとばかりにがっしりと掴んだ。

(あれ、これアリアナにとっては、人生初の手つなぎでは…)
 
 乙女が夢を見るような、まったくもってロマンティックな手つなぎとは程遠いが。

「文句ないな?」

 私に頷くという選択肢以外に何があっただろう。