あ、この人、完全に血迷った。

 というのが私が素直に思ったことであった。

「直球すぎ下手すぎ慣れてなさすぎ!」

 後ろでエリックが大爆笑して、頭に響くらしく、いたたたと頭を抱えている。

「エリック、うるさい」

 目の前の青年貴族は親友の茶化しに憮然としている。その耳朶が赤く染まっていて、それを見てようやく、冗談ではないのかも……?と突然実感が湧いた。

(え? そんな気配(フラグ)あったかな……?)

 確か、結婚はしなくていいとかなんとか言ってなかったか?

 私は必死でここしばらくのヴィクターとのやり取りを思い出す。

 それから……

 エスコートはいつも完璧にこなしてくれたし、ヴィクター狙いの令嬢たちに難癖つけられて囲まれていると、必ずやってきて追い払ってくれたし、自分が仕事でいないときは困らないように妹に頼んでくれたし。

 私に対する態度は徐々に甘くなってきてはいたし、そういやドレス姿をちゃんと褒めてくれるようになったし、私がどこにいるかいつも確認しているような素振りもみせてたし、一緒にいる時は私にずっと意識をむけてたし……。


 ん?
 あれって……私のことが好きってことだったの?

 社交界随一のモテ男なヴィクターが?
 スキャンダル持ちのアリアナを?
 百歩譲ってアリアナだと思ってたときはまだしも、転生しちゃってるっていう訳分からない私が中身だって知っても尚?

 この世界で恋愛とか結婚とは、最初からそういう可能性は一切除外していたから、露ほど思ってもいなかった!!

「とりあえず求婚する権利は、エリックに許可をもらったから。必要なら侯爵にもお願いする」

 何も答えない私に焦れたようにヴィクターが言う。

 ああそうか、この世界のこの時代は貴族が結婚するってことは家と家の問題でもあるんだな。そう思ったら、シュタイン公爵家の方が侯爵である我が家より、爵位が上なのだから、私が断るっていう選択肢ってあるの? 

 黙っている私の顔をのぞき込みにきた兄が笑う。

「ぶは、難しいこと考えてるって顔だな。リンネ! ――リンネは前の世界では男と付き合ったことあるんでしょ?」

「まぁそれはそれなりに―――」

と思わず正直に答えると、

「――――は??」

 地の底を這うようなひくーい声があたりに響いて、私はびくっと震えた。