なんでも男は东南拘置所に移る前に東洋、西岸部署をたらい回しにされついにここに行き着いたという。それも要因としては残日数二日を前にしてそれまで無遅刻無欠席で極めて真面目な刑務官が無断欠勤し、次の場所では体調を崩し、さらに前回の部署では担当刑務官の精神に支障を(もたら)し病院送りにしたと言うのだ。


「残り十日とはいえこのヤマをお前の最期にするにはちと難ありだ。お前はよくやってくれた。最期くらい仕事を選んだっていい」
「ではこの仕事を」
「蓉」

「心配とあらば総指揮は書面上夏莫尼(シャモニ)看守部長に。ただ彼の行動の一切の責任は私が」





 そして男が入所した。

 男、翡翠は草臥(くたび)れた(すす)色のツナギに頭から灰を被ったような丼鼠(どぶねずみ)色の髪、その名の通り排水路を駆け回る奴等と同じ毛並みをしていたのにどこか上質で、各部屋もコンクリート打ちっ放しで排泄便所と畳一畳の寝床しか設置されていない劣悪な環境を誇るこの北滨拘置所で、特別異彩を放っていた。
 カリスマ性とも似た。同じ階に拘置されている囚人達と同種のはずが、まるで違う。


(スン)刑務官! 辞めちまうって本当かい!? なあ! 一発ヤらせてくれよ冥土の土産にさあ」
「随分男前な新入りが入ってきたもんだ、どうだ兄ちゃん一発! クスリはやるかい? 安くしとくよ!」
「ここから出せ! 出せぇえええ」

「総員静粛に。死刑執行の前に今夜の夕食を同署内囚人の排泄物にすり替えるぞ」


 それ程度で収まる連中でないことを知っている。歓喜し、震え、憤慨する者共の声に傾聴せず男の部屋の前に立つ。角部屋だ。他の囚人とコンタクトが取れないよう敢えて距離を取った。
 向かいは壁、収監所の中でも一際薄ら寒い場所で立ち止まり鍵を開けると男を見上げる。

「入れ」

 241、と番号の書かれた名札を付けた男が指示に従い中に足を踏み入れる。速やかに鍵を閉めて隣にいた同期の刑務官に鍵を託すと、先に戻って行った。腕を組み、壁に背中を預ける。両手を拘束した手錠は外さない。その方がいいと、夏莫尼看守部長が言ったからだった。私もそう思う。得体の知れない人間の十日は、短いようで、長い。


「随分たらい回しにされたようだな」

「…」
「安心しろ。ここがお前の墓場だ」
「…」
「居心地は」


 男は私に振り向き、そして私を見ながら同じように壁に寄り添った。一度は真似をしているのかと眉を顰めたが、そのまま座り込むので違うとわかる。そして顔を隠した髪の合間から透明な目を瞬かせた。口を開く。薄い唇の中から何が出てくるのかと警戒したら、頭を壁にもたれただけだった。


「綺麗ですね」
「…」

「景観の話です」