智くんの部屋の前に立つ。左手には智くん考案の抹茶ケーキと水まんじゅうとほうじ茶が二つお盆に乗っている。一緒に食べようと思って。

 扉を叩こうと手を挙げたけれど、さきほどのしょうじいちゃんの話が思い出された。

『実は先週金曜日、あやつの母親が会いに来たんじゃ。』

 へらへら笑顔の裏で智くんが抱えているものがあることを知った。優しくて気遣い。でもひょうひょうとして掴みどころがない。少し驚いたけど、何だか納得しちゃった。

 私のこと、買いかぶりすぎだよ、しょうじいちゃん…私に何ができるの。

『ももちゃんは智がなんでここでわしと二人暮らししているのか不思議に思ったことはないかい?』

『智は何でもできるじゃろ。あいつは器用でな。特に努力しなくても大抵のことはできてしまうんじゃ。それでおいて優しくてあの愛嬌。ふっ、孫バカじゃないぞ。』

『母親が智を溺愛しての。それでおいて父親は仕事にかまけて子供には無関心。兄貴は…この前うちにきたじゃろ。智を目の敵にするようになってな。兄もかわいそうなんだよ。智と違って凡人に生まれ、母親の愛情を受けられず…』

『母親は弱い人でな…男に依存しやすい。離婚することになって智を連れて行ったが、付き合う男ができると放置することもしばしばだった。別れると智を異様にかわいがる。とにかく男中心の生活なんじゃ。家に男をつれてくることもあったようだしの…』

『わしが思うに、智が女にだらしないのはあの母親のせいだろうな。基本的に智は女を信用していない。だから本心を見せずに軽くつきあっとるんじゃと思う。』

 しょうじいちゃんの言葉が断片的に思い出される。

 しょうじいちゃんが言うには先週の金曜日から様子がおかしいらしい。先週の金曜日と言えばみんなで買い物に行った日。あの、レンくんと公園に行った日…まだ思い出すだけで胸が痛む。

 実はあの日、智くんはそのお母さんに会ったらしい。

 だからあんなに行きたがっていた買い物にも来なかったし、返事もなかったんだね。

 きゅっと目をつむってゆっくり息を吐く。しょうじいちゃんの真剣な目を思い出す。

『お願いじゃ、ももちゃん。ももちゃんは智にとって特別だと思う。遊んでおる他の女の子とは対し方が違う。傍にいてあげてくれんかの。』

 きっと智くんは今つらい思いをしているんだろうな。私が他の人と違うかどうかは全然見当もつかないけれど、私だって智くんは大切だ。いつも私が元気がないとそれとなく優しく相談に乗ってくれる智くん。わざとふざけて笑わせてくれる。大切なお兄ちゃんであり友達なんだ。つらい思いをしているなら微弱でも力になってあげたい。

 よし!

 笑顔を作って扉をノックした。