「うわ、きっつ。」

 中は思ったより狭くて暗い。

「レンくん、入ってこれる?」

 先に入ったももが小さく膝を抱きかかえてこっちを見る。

「あはは。たぶん行けそう。何かわくわくしてきた。…っと」

 ドカンの中に入り、四つん這いで進む。ももの真横まで来て同じように膝を曲げて座った。

「お、っと、何とか座れた。はは。ホント、狭いなっ…!?」

 ももの方に笑顔を向けて、そのまま固まってしまった。ドカンの中はももの香りでいっぱいだ。

 ち、ちかい...。

 胸が激しく鳴り出した。自分の心臓の音しかしない。真っ暗な空間。まるで2人だけの世界にいるようだ。

「も、ももっていいにおいするな…」

 思わず声が出た。予想外に声がかすれた。

「そう?これお母さんが好きな柔軟剤の匂いだよ。ふふっ。わざわざネットで買ってるんだよ。」
「そっか。ももいつもこの匂いする。ももの部屋も同じ匂いしたな。」
「部屋?あっ。あの時!あの時はホントにありがとうね。重かっただろうにっ......!?」

 ももが俺の方を向いて目が合った。が、数秒固まって目を逸らされてしまった。

「…なに?」
「い...いや...レンくん…近いよ。びっくりしたっ。そ、そんなに見ないでっ…」

 薄暗いドカンの中、やっと目が慣れてきて近い距離ならももの顔が見える。ももの顔が真っ赤に染まったのが分かった。今は顔を背けられてしまったけど、相変わらず首と耳が真っ赤だ。

「お酒飲んでるから近いと匂っちゃう。恥ずかしいよ。」
「一杯だけだろ。全然に匂わないよ。もものいい匂いしかしない。」
「レンくんは飲んでないから、匂いそうだよ…」

 ももの声が小さくなった。

 ももが頑なに今日は飲まないと言うからみんなで一杯だけ飲もうと勧めた。さすがに飲みすぎて寝てしまうのは危険だからしてはいけないけど、元来酒の席はすごく楽しいものだ。酒を飲みながら友達とふざけあったり、語ったり、より仲良くなれたりもする。一回の失敗で酒を嫌いにならないでほしかった。それにまたいつかももと飲みたい。今日はももに飲んでもらうために俺は一滴も飲まなかった。家までちゃんと送って行くために。酒が入って変な失敗をするわけにはいかなかった。

 でも、酒とは関係なしに今俺は甘く危険な状況に置かれている。

「大丈夫だって。もも、こっち向いて」
「…っ!」

 ももがちょっとだけこっちを向いてまた目を逸らしてしまった。真っ赤になったうなじが見える。今日に限って髪をハーフアップにしている。色気を感じるそこから目を離せなくなってしまった。ももに触りたくて仕方がない。

 この状況で我慢できる男がいたら知りたいくらいだ。好きな女とこんなに近くにいて、彼女の香りに包まれている。

 もものうなじにそっと触れた。びくっと小さくももが反応した。一度触れたらもっと触れたくなった。そっと唇で触れた。

「えっ!」

 俺が触れたところを押さえてももが驚いて振り向いた。

「やっとこっち向いた。」
「や...レンくん…何?うっ、い...っ…」

 真っ赤になって何かつぶやいている。ももが愛しくてしかたがない。さっきから俺はおかしい。ずっとふわふわと夢見心地だ。普段絶対言わないようなセリフと行動がどんどん出てくる。

「ふっ、かわいい」

 思わず笑みが漏れた。その言葉に反応してまたももが目を逸らそうとした。それを回避すべくももの顔にそっと右手をあてた。ももの顔を近くでじっと見る。頬を赤らめて目を潤ませて俺を見つめている。もう逸らそうとはしなかった。

 うぬぼれてもいいだろうか。ももも俺と同じ気持ちだって。最近のももは俺を意識しているように見える。恋愛方面に疎い俺だけどさすがにずっとももを見てればわかる。いや、勘違いだって思いたくない。

 もう気持ちを押さえられなくなっている。ももに気持ちを言いたくて仕方がない。

 今なら言える気がする。小学生の時のことを謝りたい。それに俺の気持ちを。

 俺は体の向きを変えてもう片方の手でももの顔を触った。両手で優しくももの顔を包み込む。ゴクリと生唾を飲む音がももに聞こえてないだろうか。それから親指でももの頬を触ったり、髪を触ったり...とにかくいろいろ触った。俺の理性は崩れ去っていた。

「ももに話したいことがあるんだ。」
「……」

 ももは何も言わず相変わらず潤んだ瞳で俺をじっと見ていた。その間にもゆっくりももの目元を触った。くすぐったがってももが目を閉じた。その隙を狙って瞼に優しくキスを落とした。次は頬。ちゅっ。今度は音を立てた。

「…んっ」

 ももが微かに声を漏らした。ああ。ヤバい。止まれそうもない。

「俺、ももがす…」

 唇に触れようとしたその時…




「蓮也‼ももちゃん!何してるの‼」

 ヒステリックな声が響いた。