「…どうした?さっき誰か来たようじゃが」

 しょうじいちゃんが調理場に戻ってきた。

「えっと。誰か来て智くんが出て行きましたけど…」
「そうか?」
「何か怖そうな人で...智くん大丈夫かな。」
「…ほぅか...?」

 私の言葉を聞いてしょうじいちゃんがのんびり扉から外を覗いた。その瞬間しょうじいちゃんの笑顔が消えた。

「大丈夫。兄じゃよ。」
「えっ?お兄さん?」

 思わず聞き返してしまった。しょうじいちゃんはもういつもの笑顔に戻っていた。お兄さんってあんな感じなの?私は兄弟がいないからよくわからないけど。

「あっ。どら焼き!」

 その時危険なにおいがした。放置しすぎてしまったどら焼きの生地に焦って駆け寄った。おそるおそるひっくり返すと真っ黒に...

「あぁぁ…やっちゃったぁ…」

 がっくり肩を落とした。

「ももちゃん!あーあ。真っ黒。あはは。」

 智くんが後ろから抱きついて来た。

「もぅ。ショック。…って、智くん?大丈夫だった?」
「え?何が?」
「何か怒ってたみたいだけど…」
「うん。大丈夫だよ。ふふっ。あの人いつもあんな感じだから。」

 お兄さんを「あの人」と呼んだ。

 ちらりと横目で智くんを見たけど、いつもの飄々とした笑みを浮かべていた。気にしすぎかな。いつも通りの智くんだね。

「はいはい、ちょっと離れてよ~」
「やだ。」

 さらにぎゅっと抱き締めて私の肩に顔を埋めた。

「ももちゃんいいにおいする。この匂い好き。」

 また恥ずかしいことを言いながら首筋をすーはー言いながら嗅いでくる。

「ちょっと!やめてよ。恥ずかしいって。」

 首にかかる息がくすぐったくて恥ずかしくて一気に体温が上がった。思いっきり身をよじるけれど智くんは全然放してくれない。

「ももちゃん柔らかい。あったかい。癒されるぅ~。好きだな~。」

 その後もなかなか離れてくれず、しょうじいちゃんの「やめんか、智」によりやっと離れてくれたのだった。