蓮也が立ち上がって手を振る。満面の笑みで。その視線の先には先日久しぶりに会った山本さんが。嬉しそうにする蓮也を見つめて小さな溜息をこぼした。彼はいい意味でも悪い意味でも感情が顔に出やすい。

 このように蓮也の視線の先に山本さんがいるという場面を今までどんだけ見てきたか。本人は気づいていないけれど、いつも目で追っていた。私はずっと蓮也を見てきたから分かる。

 中学時代からほとんど変わらない彼女。蓮也も彼女を見てすぐ気づいたけど、私もすぐ気づいた。蓮也が彼女を見つめていた分、私も彼女を見ていたから。山本さんはむちゃくちゃかわいくもないし、ブスでもない。いたって普通。そんな彼女にイラッとした。

「ももと、えーっと...?」
「穂香です。」
「そうそう、穂香ちゃん。ここ座って。」

 目の前に2人が座った。6人掛けのテラス席の密度が一気に上がった。

「箕輪さん、久しぶり。二日ぶりかな。」
「山本さん、久しぶり。あ、えーと...ももちゃんって呼んでいい?名前かわいいって思ってたの。」
「えっ?あ、ありがとう。じゃ、私も柚葉ちゃんって呼んでいいかな?」
「うん。ももちゃん、蓮也の友達だし仲良くしてね。」
「はいはいはい!私も柚葉ちゃんて呼びたい!」
「もちろん。穂香ちゃん、よろしくね。」

 感じのいい笑顔を浮かべながら優しい柚葉を演じる。ももちゃんがふわっと微んだ。私が少し牽制した言い方したけど気づいているのかしてないのか。穏やかな笑顔からはよくわからなかった。

「コイツは長谷諒太(はせりょうた)。俺と同じ薬学部。」
「どーも。」

 諒太は視線だけももちゃんと穂香ちゃんの方を向いた。相変わらず不愛想。それでも二人は諒太を見て息を飲んだ。

「ぎゃー!桃花、やばっ!」

 穂香ちゃんが小声で叫びながらももちゃんの腕を叩いている。まあ、そうなるよね。諒太はびっくりするぐらい顔がキレイ。整いすぎて怖いぐらい。体は小柄だけどその小柄さを生かしたファッション。くるくるの明るい色のパーマに丸眼鏡。派手な柄シャツに綿のオーバーオールの片方だけ肩から外している。諒太のファッションセンスはよくわからないけど似合っているのは確かだ。

「まじ、ヤバ!類友ってまさにこのことだねっ」

 ひそひそ話しているけれど穂香ちゃんの声は丸聞こえ。何だか面白い子だな。

「私、山本桃花です。レンくんと柚葉ちゃんとは中学が一緒だったの。」

 諒太は気だるそうにももちゃんの方を向いた。

「へーえ。あんたがもも?知ってる。」

 そういってニヤリと微かに笑った。その様子に私は目を見張った。諒太が初対面で笑顔を見せるなんて。

「ん?」

 含みのある言い方にももちゃんが聞きかえした。

「も、もも、今日は何してたの?もしかしたらと思ってメッセージ送ったけど、3限空いててよかった。」
「あ、うん。ほのちゃんとご飯食べてたの。今日は2限と4限が授業なんだ。」

 蓮也が焦って話題を変えた。横目で様子を伺う。もともと表情豊かな方だけどこの子の前だと普段見せないまた新しい顔が現れる。今までずっと私が一番近くにいたのに簡単に蓮也の新しい表情を引き出すなんて、許せない。しかもこんな子に。ただ幼馴染ってだけでしょ。

「ねぇ。蓮也。ももちゃん達、飲み物頼まないと。メニューとって。」
「ああ。そうだな。」

 わざわざぴったりくっついて肩に手を当てた。これまで蓮也に近づく女はこうして牽制してきた。私の様な女が隣にいるのに勝負をかけてくる勇気のある女はいなかった。

 正直自分でも私はかわいいと思う。生まれつき容姿には恵まれていたと思うけど、蓮也に会ってからは努力するようになった。寝る前のスキンケアには時間もお金も惜しまないし、化粧やファッションはすごく勉強した。学校の勉強も蓮也に追いつくために一生懸命がんばった。その甲斐あって高校も大学も同じところに来れた。ずっとずっと蓮也だけを思ってきた。今の箕輪柚葉は努力の結果なのよ。それなのにパッと出てきた何も努力もしてなさそうなほわっとした幼馴染の女にとられてたまるかっての。

「私、レモンスカッシュにする。暑いしさっぱりしたものがいい。ほのちゃんは。」
「私はアイスミルクティーかな。注文行こ。」

 二人は注文しに席を立った。私の牽制を気にした様子もない。逆に無反応さが気に障る。ほのちゃんは口を両手で抑えて興奮してたけど。はあ。何か私バカみたい。溜息をこぼした。

「………」
「何よ」

 斜め前でニヤニヤと見てくる諒太を睨む。

「べっつにー」

 コイツも大抵生意気よね。何考えてるかわからないし。