ひょこりと背後から現れた美声の持ち主が、レーヴの頭に頰を寄せる。すりり、と鼻先を寄せるしぐさは馬のようで、彼はやっぱり馬なのだとレーヴは改めて認識した。

「どう思います? レーヴ」

 思わせぶりに色っぽい声を出すのはやめてほしい。
 レーヴはまだ、その空気に慣れていないのだ。

「もしも私が水たまりで転んでびしょ濡れになったらの話だから、今は大丈夫」

「なんだ、残念」

 デュークの声は、ちっとも残念そうに聞こえない。
 彼はクスクスと笑いながら、レーヴの隣へ腰掛けた。

 頭から彼の鼻先が離れていく瞬間、ふわりと髪に何かが押し当てられた気がする。
 隣でいたずらっ子のような顔をしているデュークに何をされたのか思い至ったレーヴは、恥ずかしさに小さくうなりながら、意味もなく左手を握ったり開いたりした。

 ぐっぱ、ぐっぱと開閉するレーヴの手を、デュークはちらりと一瞥する。
 彼はまるで猫がねずみを捕らえるように素早く、彼女の手を握った。

 驚いたレーヴの右手から、ポロリとベーグルサンドが落ちる。デュークはそれを難なくキャッチすると、何事もなかったかのように彼女の手へ戻した。

「はい、どうぞ。お昼休みが終わってしまうから、早く食べようね」

 優しい言葉は、まるで幼い子どもに言い聞かせているようだ。
 レーヴは自分が子ども扱いされているような気がして、むず痒くなった。

 彼女は四姉妹の長女である。幼い頃から「お姉ちゃんなんだから」と言われてきたため、子ども扱いをされることがあまりなく、甘やかすような声音に胸がきゅうんと鳴く。

 つないでいた手が一瞬だけ離れて、指と指が絡む。いわゆる、恋人つなぎ。
 あんなにべったりつないで恥ずかしくないのかと思っていたが、体験してみたらわかる。

(やっぱり、恥ずかしい!)

 プルプルと震えるレーヴに、デュークは「レーヴの手はあたたかいね」とのんきに笑っていた。