彼の名前は、ジョシュア・アルストロ。戦時下では勇ましく伝令を届けていたという猛者も、今ではずいぶんと丸くなったと聞く。
 しかし、その強面はどれだけ性格が丸くなってもやわらかくなることはない。いかつい軍人を見慣れたロスティの子どもでさえ、怖くて泣いてしまいそうなくらい、恐ろしげである。

 机の上を見れば、書類の影にクロワッサンが二つ並んでいるのが見えた。
 おそらく、彼はかわいがっている部下──レーヴ・グリペンと一緒に食べようと買ってきたのだろう。わざわざ、遠回りをしてパン屋に寄ってまで。
 けなげなおじいちゃんに朝からほっこりとした気持ちになりつつ、アーニャは空席の机を見た。

「あら、風邪ですか? 昨日も休みでしたよね」

「わからん。司令部から休みの連絡があっただけじゃ」

 ジョシュアの言葉に、アーニャは首をかしげた。
 軍司令部から休みの連絡がくるなんて、通常ではあり得ないことだからだ。

「なにかあったのかしら? ジョシュア、昼休みにレーヴの様子を見に行ってきても良いでしょうか?」

「いや……昼休みと言わず、今から行ってこい。わしが許可する」

 そんな経緯もあって、アーニャは昼休みを待たずしてレーヴの家へやって来た──というわけである。