「人に恋をした魔獣は、その恋を成就させるために獣人……つまり、耳や尾、目といった獣の部分を残した、人のような姿に変化します。恋が成就すると、耳や尾はさらに変化し、人族と同じ見た目になるそうです」

 マリーが抱きしめるように持っている分厚い本には『恋する魔獣』というタイトルが記載されている。
 うっとりと語るマリーに、レーヴは目をパチパチさせた。

(どうして私はここにいる⁉︎)

 レーヴの疑問は至極もっともだ。
 いつものように職場まで運動がてら歩いていたら、走り寄ってきた馬車に誘拐された。

(そもそも、そこからしておかしかったのよ!)

 馬車から出てきた屈強な男は、あっという間にレーヴを捕まえると馬車へ押し込んだ。
 叫ぶ暇もない、見事な手腕であった。

 思い出したように抵抗するレーヴの口をふさいだ男は、「悪いようにはしないからおとなしくするように」と言って鋭い視線を送ってくる。
 レーヴでは勝てる見込みなんてない。仕方なく、逃げる隙を伺うことにして黙った。

 そうしておとなしくなったレーヴに差し出されたのは、一通の書状。
 軍司令部からの通達は、『魔獣保護団体へ行け』というものだった。
 軍事国家ロスティの一国民であるレーヴにとって、軍司令部からの命令は絶対だ。拒否するなんていう選択肢はなかった。