「里桜さまと朱華ちゃんに何を……」
「妾は何もせぬ。まぁ、おぬしのために里桜(りお)の忌術だけは祓ってやったがの。あそこまで物騒な逆さ斎とは思わなんだ……月の影のなりそこないは神にもひとにも見棄てられる宿命にあるのかね、朱華(あけはな)は哀しむだろうが、真に幽鬼に堕ちた逆さ斎を救えるものは誰ひとりとして存在せん」

 未晩が里桜の逆さ斎のちからを奪うため忌術を使うことを、颯月は賛成も反対もしなかった。どうせ至高神に返されるだろうと考えていたからだ。そして現にそのとおりになり、未晩は術の反動で肉体の裡に抑え込んでいた闇鬼に意識を喰われ、ついに完全な幽鬼となってしまった。
 一歩間違えれば、自分が未晩の立場になっていただろう。他人事とは思えない。

「そんな……」
「さっき唱えたのは『かみなり』の神謡じゃ。もしかしたらちからになるかもしれぬ。ではな。健闘を祈るぞ」

 雷? なぜボクにアイ・カンナの閃光を託す? 幽鬼を討つ役目は、夜澄の方が適任なのに。
 颯月が反論しようと口を開く前に、至高神は気配を消失させる。勝手に言うだけ言っていなくなる至高神の依代になっていた氷辻はハッと気づいて目の前で真っ青な表情の颯月を見上げ、驚きに声をあげる。

「颯月さま? どうされたのです、その瞳……!」

 すでに陽が沈み、藍色の空が顔を出しはじめた硝子窓に映った自分の瞳は、ふだんの茶褐色ではなく、黄金色にも似た、金糸雀(かなりあ)色へと変わっていた。
 それが至高神の置き土産だと気づいた颯月は、はぁと頭を抱えて息をつく。


 ――やられた。あれは『雷』ではない、『神成(かみなり)』の神謡だったんだ!