そして涯が颯月という名を認められて一年も経たないうちに、彼は竜糸の桜月夜として、神皇帝と至高神によって選ばれた。そこには護りたいと願った少女が、髪色と瞳の色と名を変えて、代理神という役についていた。故郷を滅ぼした幽鬼と孤独に震えた幼い少女は桜月夜の守人と代理神の表緋寒となって、再会したのだ。
 傍で、彼女の未来を護りたい、その願いを、たしかに至高神は叶えた。
 今度も、彼女は颯月のために、手を貸そうというのだろうか? 胡散臭そうに颯月は至高神を見据える。至高神はそんな颯月を愛おしそうに見つめてくる。世界を抱擁する空の瞳で。

「幽鬼を斃せるのは神か、逆さ斎だけ。竜頭が眠りつづけるいま、その大役を成すのは里桜しかおらぬ。人間に身をやつした莫迦息子も癒しのちからしか持たぬ紅雲の娘も何の役にもたたぬ。だが、おぬしが望むのなら……おぬしがあの幽鬼を弑する神の座につくがよい」

 何食わぬ顔でとんでもないことを口にする。颯月は思いがけない至高神の助言に目を瞠る。

「――それこそ無茶苦茶ですよ! なんでボクが神に」

「そなたは幽鬼でありながらいまはなき『風』の集落、炎嵐(えんらん)の土地神の息子でもある。素質があると見込んだから、妾はこうして幽鬼とともに生きながら違和感に苦しむおぬしを風祭の神殿に預け、ずっと見ておったのじゃ。おぬしが独占欲のために幽鬼のちからを暴発するのが先か、来たるべき花残月が訪れるのが先か、楽しみにしておったのじゃが」

 どうやらおぬしは竜糸を滅ぼすつもりはないようだが、裏緋寒の番人がしゃしゃりでてきてしまったからの……困った困ったと口では言いながら、至高神は笑っている。

「記憶の枷が外れたことで、ちからが暴走しなければいいが……さぁてどうなることやら」
「……花残月って、まさか」

 青ざめた表情の颯月に、無責任な至高神はくすくす笑う。

「あの紅雲の娘たちに審判が降される。果たして表裏の緋寒桜は、どんな花を咲かせてくれるかのう?」

 愕然とする颯月に、至高神は手を翳す。そして高らかに神謡を詠唱し、颯月の緋色の髪をそっと撫ぜる。