代理神を担った人間の多くは、寿命を削り、若いうちに命を落としている。まるで湖に眠る竜頭が生気を吸っているかのように見えることから、不吉な神職であるとも、裏では囁かれているという。

「……じゃあ、九重も?」
「おそらく。大樹さまがいなくなったことで、かなり無理をしているはずだ。強がっているから表面には出さないが……それに、昨晩、幽鬼とやり合ったようだし」

 未晩が幽鬼になって現れたことを隠して、夜澄は告げる。忌術の呪詛がどうなったかは気になるが、そう簡単に里桜がやられることはないだろう。それに、かすかに天神の気配も感じる。こんなときまで母神に唆されるのはごめんだ。夜澄は心の中で毒づきながら、朱華の反応を確認する。

「幽鬼が……?」
「奴もまた、裏緋寒に秘められたちからを狙っている。ちからが解放されるまであと二日ある、それまでお前は、戦おうなどと思うな」
「なぜ?」
「なぜって、お前が表緋寒に認められた竜頭の裏緋寒だからだ……まだ」

 眠り込んだままの竜頭を起こすための、鍵。表緋寒と裏緋寒が揃わなければ、竜頭の本体は目覚めない。精神体が行動を開始したからといって、安心するわけにはいかないのだと夜澄は告げる。

「竜神さまは、あたしと九重が湖にいるときじゃないと起きられないのね」
「だが、その前に竜頭はお前に記憶を戻してほしいようだな」

 裏緋寒の番人だった逆さ斎にいいように記憶を操られた彼女が、至高神に預けられるまでの過程を思い出せないまま封印を紐解くことは、土地神の意に反している。きっと茜桜はすべての記憶を心に刻みつけた彼女のために、死ぬ間際、至高神へ封印を願ったのだ。

 ――ルヤンペアッテの竜に縋るのは仕方ないが、我としては複雑な心境だ。

 朱華の夢に呼び掛けてきた茜桜の声が甦る。あれは、自分の花嫁として定めた朱華の行く末を案じて、竜神へ託すことを渋々受け入れた茜桜が遺した言葉に違いない。

「うん……湯殿で逢ったとき、そんなこと言って迫ってきた」
「どうしてかわかるか」
「接吻」

 あっさり言いのける朱華に、夜澄の方が思わずたじろぎ、顔を赤らめる。

「師匠がしてくれたおまじないが、唇を媒介にしたものだったから、きっと竜神さまはあたしに口づけて記憶を元に戻そうとしたんだろうな、って……違う?」
「……違わないが」