「――逆さ斎が命ずる。至高神の加護を受けし半神よ、かの声に応えよ」

 氷辻の濃藍色の瞳から一筋、流れた涙を無視して、里桜は手にそっと触れる。
 大樹のちからは、死んではいない。だから、神殿は彼が生きていると思い込んでいた。
 けれどそれは違った。生きていたのは、大樹のちからを与えられたことで、息吹を返した少女だった。
 至高神が言っていたとおり、もう、竜糸の代理神は、機能できないのだ。だから、眠りつづけていた竜頭が重たい腰をあげた。そして、本体を起こせと、里桜に伝えたのだ。

「無理です。表緋寒さま。もう、大樹さまは肉体も精神も……」

 涙をはらはらと零しながら、氷辻は言葉を詰まらせる。
 淡い乳白色のひかりが、氷辻の体内から溢れていく。それは、彼女の身体のなかに、大樹が己のちからを注ぎ込み、生命を長らえさせた証。

「やっぱり、禁術を使ったのね」

 定められた寿命を捻じ曲げ、生命の終わったものを甦らせる。
 それは、神であろうが許されない、不変の理。
 雲桜が滅んだとき、無意識に朱華が施したのも、甦生の禁術だったとされる。朱華の場合、代償として茜桜とその御遣いがちからを奪われ、その隙に、幽鬼が侵入したことで、結果的に土地神とその御遣いは生命を落とした。至高神は一連の出来事を傍観し、禁じられた術を使いながらも土地神に愛されたがゆえに生き延びた少女を、裏緋寒の乙女に定め、月の影のなりそこないの逆さ斎を番人として竜糸の地で暮らさせた。眠りつづける竜神の花嫁にするためだとばかり思っていたが、もしかしたら、自分はひとつ思い違いをしていたのかもしれない。


 ――いったい、彼女は()を生き返らせたの?


 きっとそれは、竜糸に因縁を持つ誰かに違いない。けれど、雲桜が滅んだとき、竜神は湖底で眠りつづけていた。それに、結果的には茜桜も彼女に折れたかたちで、甦生の禁術に協力している。幽鬼に侵略される危険性を知りながら、朱華が生き返らせることを花神は認めた。
 生きつづけることを土地神に認められた人物。それは、カイムの集落を自由に行き来することのできる特別なちからを持つ者に限られる。たとえば、桜月夜のような……
 至高神なら、その人物を知っているに違いない。だから、彼女を竜糸の裏緋寒に選んで、その人物と再会させたのではなかろうか。そして、観察している。