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「申し訳ございません!」

 逆さ斎の姿を取り戻した里桜の前で、侍女見習いの少女が土気色の表情で平伏している。

「なぜ、貴女が謝る必要があるの?」

 目の前で震えている少女は自分が至高神の依代として乗り移られたことに気づいたのだろう、里桜を前にいまにも泣きだしそうになっている。だが、至高神は里桜にかけられた呪詛を破ってくれたのだ。たとえ気まぐれとはいえ、彼女に憑いたから、里桜は窮地を脱することができたのだ。至高神の使役する黄金の羊と同じ名を持つ、少女……氷辻(ひつじ)に。

 だというのに、氷辻は自分が悪いのだと言いたげに、里桜の前で頭をさげている。

「わたしが悪いのです、わたしが、大樹さまの気持ちを、受け取ってしまったから」

 わたしはもう、この世に留まっていてはいけないというのに。
 そう訴える幼い少女に、里桜は目をまるくする。

「――大樹さまが?」

 至高神はなんと言った? たしか、大樹は恋に狂って『天』の加護を放棄したと……

「貴女が」

 目の前にいる縹色の髪と濃藍色の瞳の少女から、強力な加護のちからは見いだせない。だが、至高神が使役する黄金の羊のように、その身を依代として天神に貸し与えることができることを考えると、彼女はその身に微弱ながらも『天』の加護を受けていることに違いはない。その加護をもともと持っていなかったと考えれば、行きつく先は……

「大樹さまが、貴女に『天』の加護を与えたのね。自身を犠牲にしてまで」

 そのとおりだと、氷辻は強く頷く。そして、そのせいで大樹は姿を保つことができなくなったのだ、と。