「そなたが此度の我が裏緋寒となる者か」

 誰何を問う朱華の声に反応するように、夜澄の瞳の色が黄金色へ煌めく。
 飴色の湯船に浮かぶ桜の花びらが、重力に逆行するように雫とともに天空へと浮かび上がってゆく。

「お初にお目にかかります、竜頭さま」

 朱華は興味深そうに視線を注ぐ竜頭に、ぺこりを頭をさげる。

「まだ子どもではないか」

 竜頭は湯帷子ごしにのぞく朱華の身体の線をじろりと見つめ、残念そうに溜め息をつく。

「……あの?」
「わしはもっと豊満な肉体を持つ女性がすきじゃ。いくら神術に優れていようが、これではわしの子を孕むのは無理じゃろう」

 失礼なことをぽんぽんと呟きながら竜頭は朱華の反応を眺める。一気に顔が赤く染まるのを楽しそうに見つめたのち、竜頭はゆっくりと朱華の前へ近づいていく。

「な」
「あと数年もすれば誰もが羨む美貌の持ち主になるかの? 凛とした風情の里桜(りお)とはまた異なる、雅な美人になりそうだな」

 にこにこと笑みを浮かべるさまは、この身体の主が夜澄でないことを暗に示している。

「だが、わしの好みではない」
「そう言いながらじりじり近寄ってくるのはどうしてですかっ!」

 手を伸ばせば触れられる距離に、竜頭は立っている。このまま抱き寄せられたり押し倒されたりしたら朱華は抵抗できない。湖のなかで本体が眠っているというのに精神体だけ夜澄に乗り移った状態で、竜頭はいったい何をしようとしているのか。

「決まっておる。そなたの記憶を元に戻す」
「……記憶のことも、知ってらっしゃるのですね」
「あやつの体内を借りておるからの。これの思考が手に取るようにわかるわい」

 ふぉっふぉっふぉという夜澄では絶対に言わない笑い声をあげて、竜頭は朱華の手を取る。てのひらに触れられた途端、朱華のなかで、ぞわり、と何かが蠢く。


『――やめろ』


 その瞬間、朱華の耳元に別の声が響く。竜頭も気づいているのか、にやにや笑いながら、その声の主を挑発する。

「お前が解かないのなら、わしが解くだけのこと。そもそも、この乙女はわしのモノになるのだから、お前が拒む権利はないだろう?」
『彼女の気持ちを無視してまで、お前も彼女を欲するのか』
「夜澄?」
「そういえば、いまは人間の名で生きておるのか。ヤズミとな」