いつの間に覚醒し、自分の身体に入り込んだのだろう。夜澄は悔しそうにひとりごちる。
 いったんは湯船から立ち上がった朱華だったが、夜澄が興味深いはなしをはじめたため、ふたたび湯船に腰を落とし、耳を傾ける。

「依代……土地神が乗り移る媒介ってこと?」

 おとなしく自分の傍に腰を下ろした朱華に気づき困惑する夜澄を気にすることなく、彼女は質問を繰り返す。

「じゃあ、夜澄はやっぱり、それだけのちからを持っているんだね」

 土地神をその身に移すことができるのは、代理神のような特別な術者や、土地神の御遣いと呼ばれる精霊に限られている。眠りにつく以前の竜神を知っていると口にしていたことを思い出し、朱華は黙り込んでいる夜澄に確認するように、言葉を紡ぐ。

「あたし、見たの。九重と逢ったとき。逢って、拒絶に近い反応をされたとき。夜澄……あなたが雷土を起こしたのを」

 桜の花びらが浮かぶ飴色の湯のなかで頬を淡く染める朱華が、糾弾する。


「ねえ。あなたは」


 目の前にいる年齢不詳の青年が、わからなくなる。竜糸の代理神に仕えるという桜月夜の守人。けれど彼は、代理神よりも竜頭に重きをおき、彼の花嫁になるであろう朱華のことを第一に考えている。竜神が過去の幽鬼との戦いで傷つき、深い眠りにつく以前から、彼は竜神に仕えているのだ。百年以上も、昔から。
 朱華は彼を竜神さまの御遣いだと考えていた。けれど、御遣いは長い時間、人間の姿でいることができないはず。だとすると、残された選択肢は、限られる。
 けれど、信じたくなくて、朱華はその言葉を飲み込み、彼の、琥珀色の瞳を睨みつける。


「誰?」


 昨晩、里桜の言葉に対し、怒りにまかせて雷土を起こしたのは、ほんとうに目の前にいる夜澄なのだろうか。別人のようにも、見えた。だけど、闇より深い漆黒の髪は失われし『雷』の証。名前のように澄み切った夜空に稲光を召喚した彼は、きっと――……