なぜ、こんなことになっているのだろう?
 夜澄は自分が抱きとめた少女を見て、硬直する。どうやら、竜頭が勝手に身体を使って湯に浸かっていたらしい。そこへ、身を清めるために彼女、朱華が入ってきた……

「夜澄?」

 朱華もまた、何が起こったのか理解できていない表情で、自分を見つめている。なぜそんなに無防備なんだ。侍女と一緒じゃないのか。こんなときに幽鬼がやってきたらどうするんだ。

「お前……状況を考えろ」
「あ、やっぱり夜澄だ。さっきまで瞳の色が黄金色だったから違うひとかと思った」

 朱華の言葉に、夜澄は怒りを萎ませる。黄金色の瞳、それは竜頭の瞳の色。やはりさっきまで自分の身体には竜頭が入っていたようだ。いつの間に身体に入ったのだろう。
 だが、竜頭は朱華と会話をつづける気がなかったらしい。いきなり姿を消してすべてを夜澄に任せたのだ。たぶん、彼女が自分の神嫁になる少女だということにも気づいていないに違いない。

「……それより夜澄、いい加減放してよ」

 さすがに湯帷子一枚を素肌の上にまとっただけの姿で抱き合うのは、どうかと思う。
 朱華がまともに意見したのに気づき、夜澄は慌てて朱華から手を放す。ふわり、花の甘い香りが周囲を包んでいく。朱華は夜澄からすこし離れたところで、ふぅと腰を下ろす。
 とろみのある飴色の湯に、桜の花びらが閉じ込められている。昨日の薔薇の香りも悪くはなかったが、今日の桜の芳香の方が、朱華には似合っていると、夜澄は心の中で呟く。

「すまない。ちょっと考えごとをしてた」
「顔、赤いけど。いつから入ってるの?」
「さあな」

 竜頭が自分の身体に入って何をしていたのか、夜澄には理解できない。ただ湯に入りたいために自分の身体を借りたとも考えられない。だが、神殿にひとつしかない湯殿に日もでないうちから入っていたと考えると、長い間入っていたのかもしれない。竜頭は水にまつわる竜神だから、のぼせることもない。夜澄もその恩恵を受けているのか、顔が赤くはなっているものの、のぼせて動けなくなるという状況には至っていない。
 そんな夜澄を見て、朱華は変なの、と小声で応じて立ち上がる。ざぶり、という音とともにとろみのある湯が花びらごと、流れていく。

「もうあがるのか」
「だって、夜澄が入ってるなんて知らなかったもん」
「俺もそう思う」
「何よそれ」

 ぷぅと頬を膨らますと、すまなそうに夜澄が弁解をはじめる。

「さっきまで俺のなかに竜頭がいた。だから瞳の色が黄金色になっていたんだ」
「竜神さまが……?」

 たしかに、朱華が滑って転んだときに発した彼の声は、彼のものではなかった気がする。

「起きたの?」
「完全に覚醒したわけではなさそうだが、大樹さまが姿を消しているいま、依代になれるのは俺しかいないからな……不覚だった」