「でも、ほんとうにあたしのもとに、天神さまがちからを返してくれるというの?」
「神が交わした誓約は絶対のもの。なんらかの邪魔が入っても、最終的には貴女のもとへ還ってくるわ」

 なんらかの邪魔、とは未晩のことだろうか。そういえば未晩のことについては茜桜も気にかけていなかった。帰蝶も神を裏切った逆さ斎の存在を知っているだろうに、何も言わない。

「そのちからを、あたしは使いこなすことができるの?」

 幼いころ、禁じられた術を使って故郷を滅亡させるに至ったという過去が、朱華の心に鎖を巻きつけている。十年経って、そのちからが完全に戻ってきたからといって、すぐに使いこなせるとは到底思えない。

「閉じた蓋を外すのが怖いのね。強すぎるちからは自分自身を破滅へ導くこともあるでしょう。けれど茜桜はあたしと出雲の子だから貴女にありったけの加護を注ぎ込んだのよ。使いこなせないかも、なんて怯える暇があるのなら、使いこなせるよう努力しなさい」

 ぐずる子どもを叱りつけるように、帰蝶は朱華に強く伝える。


「っていうか、使いこなせ」


 くだけた言葉遣いが、かつての朱華の母親の姿にぴたりと重なる。わたしの娘なんだからそれくらいできるわよ、とからから笑っていた太陽のような女性。『天』の加護を持っていたことから雲桜の神殿へ派遣された姫巫女だった女性。そこで出逢ったしがない神官と恋に落ち、朱華は産まれたのだ。
 いつも朱華に神謡を謳っていた母。誰よりも土地神に近い存在だった母。
 自分もまた、その系譜に連なる運命を辿る岐路に立ったのだ。朱華は自分がどの道を進むべきなのか、帰蝶の言葉を反芻しながら、決定を下す。

「……うん」

 それは、残留思念として漂うばかりの茜桜と帰蝶に向けた、最初で最後の誓い。


「あたし、もう、逃げない」


 雲桜が滅亡した真実から、未晩に書き換えられた記憶から、至高神が預かっているという茜桜の加護から。
 流されるように穏やかに生きるのはもうやめると決めた。

「それでこそ、フレ・ニソルが誇る紅雲の娘」

 帰蝶は朱華の瞳をじっとのぞきこんで、うたうように言の葉を紡ぐ。

「たとえすべてを思いだせたとしても。許してあげて。自分のことも、彼ら(・・)のことも」