「ちょ、ちょっと勝手におふたりだけで話をすすめないでくださぃぃいい」

 星河の抵抗もむなしく、夜澄は意気揚々と神殿をあとにする。土地神の御使いであり代理神の護衛でもある特殊な能力を持っている彼ら、桜月夜の守人なら、この竜糸の地に隠された裏緋寒の乙女を探し出すことなど他愛もないことだろう。
 そのふたりの後ろ姿を見送りながら、里桜は呟く。


「……竜神の花嫁。どんな女の子かしら」


 神とひととが共存するカイムの地で、神とひととが婚姻を結ぶことは稀なことではない。だが、この竜糸の土地神は、数百年ものあいだ眠りつづけている怠惰な隠居老人のような竜神である。神が眠る湖に生贄として花嫁を捧げて生気を与えれば、驚いて陸地に戻ってはくるだろう。だが、竜糸の危機が過ぎ去れば、ふたたび湖で眠り呆けてしまうに違いない。
 そのためには、花嫁を利用して寿命のある限り陸地に縛りつけるほうが、誰も犠牲にならないし、神殿で行っている結界の修復も簡単になるしあちこちで発生する瘴気や闇鬼の存在も一気に払えて一石二鳥だ。花嫁が次代の神を孕めばさらに良い。大樹がいなくなった穴を埋めることだって容易いだろう。

 大樹と里桜。それは竜頭が眠りにつく前に構築された竜糸という集落特有の存在、代理神の半神の名である。土地神の夢に潜入し、彼の声をきくことのできる選ばれし神術を扱えるふたりの人間が、文字通りこの竜糸の土地神の『神の代理』となって守護を担っているのだ。
ふたりでひとつ。たとえ神術に長けていようが、どちらかが欠けてしまえば神の代理として強大なちからをつかうのは困難だ。それどころか逆に、結界を緩めて幽鬼の侵入を許しかねない。

 ――いえ、もうすでに悪しき気配は膨らみはじめているわ。ひとに害意を与えるほどではなかった微弱だった瘴気の澱みが、濃くなっているんですもの……

 そこまで考えて、里桜という呼称を与えられた少女は淋しそうに微笑う。

「大樹さま」

 突然姿を消してしまった自分と同じ役目を持った少年のことを想い、里桜は目を伏せる。

「幽鬼を誰よりも憎んでいらっしゃるあなたが、なぜ竜糸の代理神の役割を投げ出してしまったのです……?」

 竜神に代わって竜糸の地を守護する代理神の半神は、弱々しく虚空へひとりごちる。
 その声は、眠りつづける竜神の耳には届かない。