落ち着いた朱華の声に、帰蝶も我に却って、素直に応える。

「――ええ。いつだって貴女を見守っているわ。菊桜の花を染める、朱華色の娘」

 そして、帰蝶の姿が、蛹から蝶へ羽化するように、少女から大人へ、変わっていく。彼女を護るように、極彩色の蝶々が桜の下へ集っていく。薄紅の八重桜……いや、八重よりも花びらの多い朱華色の菊桜に、大量の蝶々が飛来する。
 銀色だったはずの双眸は灰紫色へ。藍色の髪は朱華と同じ、玉虫色へ。
 懐かしさが、朱華の胸いっぱいに拡がっていく。
 朱華が見惚れている間も、蝶の翅から溢れる鱗粉が、女性の周りを彩っていく。服装も、膝下まで着流していた白の浄衣から、緋色の行燈袴に白の襦袢、墨色の桜花の描かれた千早を羽織った、巫女装束へと変わっていた。
 カイムの姫巫女の姿をした帰蝶は、ふたたび逢うこととなった娘へ、手を差し伸べる。

「貴女が幼き頃に犯した罪は、わたしも償ってあげるから。恐れないで」

 朱華は自分を抱きしめる温かな腕に包まれ、声を詰まらせる。彼女の名は、帰蝶ではないけれど、目の前にいるのは、朱華の母親だった。

「……おかあさんっ!」

朱華(あけはな)。わたしはもう、この世には存在しない、茜桜の御遣いなの。だけど、至高神のお情けを受けて、ときどき、夢の狭間から、あなたを見ていたわ……一緒に死んだ、茜桜と」

 くすりと笑って、帰蝶は朱華へ言葉を紡ぎつづける。

「茜桜は、貴女を自分の神嫁にしたがっていたのよ。わたしがただの神官と結婚したのを根に持ってね。だから産まれたときから、至高神にも目をつけられちゃったのよ」

 茜桜が莫大な加護を赤子に注ぎ込むから。
 朱華は流れるように話しだした帰蝶に、待ってと手で制止をかける。

「お母さん。あ、あたし。記憶が、ないの。だから、ごめんなさい。お母さんが言っているぜんぶが、理解できないの」
「わからなくても、夢から醒めて忘れても、別に構わないわ。ただ、わたしは伝えそびれたことを伝えたかっただけ」

 病であっけなく死んでしまった母は、茜桜に蝶の姿を与えられ、帰蝶という名の御遣いに生まれ変わっていたのだ。茜桜の花嫁になるであろう自分の娘を影で見守りつづけるために。そして、娘が犯した禁術によって、彼女は再び死んだのだ。

「記憶のことは、竜神さまがどうにかしてくださるでしょう。貴女が彼の花嫁になることを認めさえすれば。それに、茜桜の加護の大半は、いま、至高神が預かっているけれど、三日後、十七歳になる貴女のもとに、その膨大なちからが戻ってくるのだから、なにも心配することなんかないのよ」