「そのために、彼女を犠牲にしろと、神の名のもとにそなたが命じるのか! たかだか半神ふぜいで!」


 激昂した夜澄は自分の身体が帯電していることに気づくことなく、怒りを露わにしつづける。


「たしかに彼女は雲桜を滅ぼす原因になる行いをした。だが、彼女がなんのためにそんなことをしたのか、そなたはわかっていて、生贄などと口にするのか!」


 夜澄の瞳の色が琥珀色から黄金色へ変わっている。里桜を凌ぐ神々しい気配が、室中を支配していく。里桜はその変容に目を瞠る。いままで、大樹が担っていた依代の役割を、目の前の彼が無意識に行っている……いや、湖で眠っていた竜神が竜糸の異変に気づいたのだ。
 だから眠っていられなくなって、とりあえず夜澄の身体に乗り移ったのだ。


「――竜頭さま? なぜ……」
「騒がしくて眠っていられるか! 半神は行方知れずで幽鬼は入り込み、あげく裏緋寒を勝手に生贄にするなどほざきおって……瘴気がそなたを害しているとはいえ、その発言はあやつでなくとも不快になるぞ」

 夜澄のことを親しげにあやつと呼ぶ。やはり、ここにいるのは竜糸の眠れる竜神、竜頭だ。

「ですが」
「口ごたえをする暇があるのなら、すこし頭を冷やせ。わしは寝起きで機嫌が悪い、しばらく身体を借りて竜糸の集落を見回らせてもらうぞ。その間に里桜(りお)、考えを改めるがよい」

 逆さ斎が施した呪詛など、わしが完全に目覚めたら真っ先に返してやろうぞ?
 夜澄の顔で朗らかに微笑みかけられ、里桜は顔を紅潮させる。ふだんは滅多に見ることのない夜澄の笑顔を、竜頭は顔の筋肉の強張りを無視していとも簡単に表現させている。竜頭はよく笑う。大樹の身に入って言葉を交わしたときも、こうして終始にこにこしていたものだ。

「はい」

 里桜は素直に竜頭の言葉を受け入れる。竜頭さまが自ら交信してきた、それは、目覚める意志を見せてくれたということ。

「この夜が明けるまで、いまはおやすみ」

 朝になったら、わしを起こしに裏緋寒を連れて湖においで。
 怒りながら乗り込んできたはずの竜頭は、里桜の愁然とした姿に満足したのか、満面の笑みを見せ、扉から姿を消す。
 気づけば呼吸も楽になっている。どうやら竜頭の置き土産らしい。神殿内に澱んでいた瘴気を薄くしてくれたようだ。
 里桜は夜澄の身体に入ったままの彼が消えた扉を凝視し、苦笑する。
 それが、交流が途切れていた竜頭と対話することが叶った安堵だということに、里桜は気づかないふりをした。