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 朱華は星河と一緒に神殿の外へ出ていた。護ると言っていたはずの夜澄は里桜の発言に抗議するようにひとりで湖畔の間から飛び出し、どこかへ行ってしまった。支えてくれた腕がなくなった朱華に、そっと手を差し出してくれたのが星河だった。

「……静かね」

 湖に面した神殿は月明かりに照らされている。月のひかりを浴びているからか、青みがかった星河の黒髪がいっそう蒼く見える。

「どこかで雷雪が降っているとは思えないですね」

 星河は穏やかな微笑みを絶やすことなく、朱華のたわいもない話に付き合ってくれる。里桜に言われたことを強引にききだすつもりはないとわかり、朱華は安心して彼とともに歩く。
 湖畔の間からみえた雷は、多雪山系の奥地に落ちたようだ。大地を揺るがすような落雷は一度だけで、それからは遠くの雲がときおり明滅を繰り返す程度に落ち着いている。それでも肌に刺すような冷気から、雷を伴った雪が降っているのが想像できる。

 カイムの地は国の北に位置しているため、桜が咲く時期を迎えてもしばらくは雪が降る。生まれつきカイムの地で暮らす朱華からすればそれが当り前のことだが、神皇帝が暮らす帝都ではいまの季節、雪が降ることはほとんどなく、すでに初夏を告げる満天星躑躅(どうだんつつじ)の花が咲きはじめているという。

蒼谷(そうや)の狼神さまが暴れているのでしょう。冬将軍が最後まで居座るのはあの地ですからね」

 星河の生まれは『雪』の部族が暮らす集落のひとつで、蒼谷と呼ばれているところだという。彼は朱華が話に詰まったのを見計らったかのように、土地神の加護について語りだす。

「わたしたち『雪』は多雪山系を中心に、大陸の北部で五つの集落になっているんです。朱華さんも、そのことはご存じでしたっけ」
「えっと、師匠が教えてくれました。カイムの地に残る土地神と暮らす集落はわずか十二にまで減ってしまったって……」

 土地神の加護を持つ集落以外に、神無と椎斎という逆さ斎が興した集落も存在しているが、神が人間とともに生きている集落は、十二しかない。そのうえ、『雨』『風』『雷』『雲』『雪』のちからを有する土地神のうち、『雷』と『雲』を守護する神はこの世から消失している。
 幽鬼によって滅ぼされた集落のほとんどは、雪と氷によって閉ざされ人間が棲めない土地となり、それ以外のところも、草木の生えない荒野や、幽鬼がいる異界に繋がると言われている活火山と化してしまった。

「そう、神々と敵対する幽鬼たちは神々が愛した人間たちを時間をかけて嬲り殺しているんです。時には神を殺めてまで」

 神を殺める。その言葉が朱華の忘れ去られていた記憶を鈍く揺さぶる。星河は真面目な表情で耳を傾ける朱華に、うたうように言葉をつづける。

「カイムの地で加護があるのは五つの『雪』の集落と六つの『雨』。それ以外は『風』をひとつのぞいてすべて幽鬼によって滅ぼされてしまいました」
「そういえば、颯月は『風』なのよね」