――憎い、悔しい、妬ましい。

 闇鬼を動かすだけの負の感情が、ちらりと顔をのぞかせていたから、口走ってしまった。
 竜頭に認められなければ生贄にする。そうすれば、花嫁がいなくても竜頭は竜糸の地にしばらくのあいだはいてくれる。また眠りにつくことがあれば、そのときに新しい花嫁を探し出せばいい、それだけのことだから、と。

「ええ……いいえ」

 でも、神の花嫁として認められるだけのちからと、竜頭に気に入られる器量があるのなら、彼女を生贄にする必要はない。

「そうならなければいいだけのことよ」

 自分にできるのは竜頭をともに呼び、竜糸の結界を元に戻して幽鬼を討つことだけ。
 竜頭の花嫁になる資格など、逆さ斎となった自分にはないのだ。

「……無理しないでくださいね」

 颯月は疲れ切った表情の里桜に、そっと笑いかける。桜月夜の三人のなかで、彼はいちばん年少で、里桜と同い年だから、ふたりきりのときは堅苦しい会話がなくなる。

「ありがとう」
「ボク、朱華ちゃんがちゃんと竜頭さまの花嫁に認められるよう、しっかり補佐しますから」

 里桜に感謝された颯月は嬉しそうに応える。けれどその発言は、里桜の琴線を揺さぶるもの。

「……そ、そうね。頼むわ」

 竜神の花嫁に。
 ――なれるものなら、自分がなりたい。

 けれどそれを望んだら、自分はあの闇鬼に堕ちた巫女と同じ道を辿ってしまうだろう。だから里桜はその願望を押し殺す。いっそのこと、朱華を殺したらすっきりするのだろうか。いや、すっきりすることなどありえない。彼女が無意識に茜桜のちからを巻きこんで禁術をつかって故郷を滅亡させてしまった事実は消えないし、朱華が死んだら別の裏緋寒の乙女が竜頭に嫁いでくるだけのことだ。
 里桜に頼まれた颯月は風のように自分の前から去って行く。もし、彼にこのことを願ったら、彼はどんな表情をするだろう?