「それだけですか?」
「夜澄が彼女の面倒をみるというのなら、あたくしがしゃしゃりでるのもどうかと思うわ。別におかしなことはないでしょう?」

 里桜は神殿内で闇鬼に堕ちた人間が現れた報告を颯月から受け、ついに来たかと嘆息する。しかも裏緋寒の乙女として迎えたばかりの少女を殺そうとしたという。桜月夜によって辛うじて難を逃れたというが、この先も同じようなことが起きる可能性は高い。土地神の花嫁となるものなど、幽鬼にとってみれば邪魔でしかない。彼女の正体が知れれば、眠ったままの竜頭より先に葬ろうとするだろう。
 そこで夜澄が珍しく自ら彼女の護衛につくと言いだしたらしい。ふだんは厄介なことほど星河や颯月に押しつけてふらふらしているくせに、と反発を覚えながらも、桜月夜のなかでいちばん強いちからを持っているのは彼だったなと里桜は思い直し、素直に受け止める。彼が裏緋寒の乙女を護る気でいるのなら、任せた方がいいだろう。竜頭の花嫁となるであろう少女だ、意地悪などしないと思いたい。
 だが、颯月はすこしばかし不満らしい。たしかに、大樹が不在のなかひとり代理神を務める里桜よりも裏緋寒の乙女を優先する姿は、神殿内でも疑問の声があがるだろう。このまま彼が裏緋寒の乙女を自分のものにするのではないかと危惧する声がでてくるのも時間の問題かもしれない。きっと颯月もそう思ったから、里桜に意見したのだ。
 裏緋寒の乙女が眠りから醒めた竜神の花嫁にすんなりおさまるためにも、夜澄ひとりにまかせっきりにするのが不安だから、颯月は里桜の前で途方に暮れた顔をしているのだ。

「でも……」
「颯月。あなたは夕暮れまで引き続き大樹さまの居場所をあたってみてほしいわ。『風』の加護を持つあなたしか、長い時間集落の外をでて動くことができないのだから」

 桜月夜だからといって、常に一緒に行動する必要はない。それぞれが持つ加護のちからを最大限に生かして、この危機的状況を打開する方が大切である。里桜は颯月を優しくさとすと、彼は素直に首を縦に振って、一礼して去って行った。