朱華は夜澄の話から、自分が『雲』の加護を失ったため僅かながらの『雨』の加護を持ったのだと思ったのだが、そうではなかったことを悟る。夜澄は朱華の瞳を正面から見据え、きっぱりと応える。

「お前の『雲』のちからは失われたわけじゃない。死に瀕した花神が、封印を施し、大半の加護を至高神へ預けただけなんだ」
「至高神っ!」

 なぜ、ここにきてカイムを統べる『天』の姫神の名が出てくるのだろう。カイムのすべての土地神の母であり、国を興した始祖神の姐神の名は、朱華にとってみれば畏れ多い、遠い世界のものだ。そんな女神が、自分のちからを預かっている?

「幽鬼に襲われ死に瀕した茜桜がお前に封じた加護のちからはいま、茜桜の母である至高神が預かっている。このことは、カイムに集落を成す土地神すべてが知っている事実だ。そして、十年のときが経ったら至高神はそのちからをお前に戻し、裏緋寒としてカイムの土地のどこかの神と娶せようとした」

 その期日が、朱華の十七歳の誕生日と決まったのだろう。

「え、じゃあ、裏緋寒の乙女ってのは竜糸の竜神さまの花嫁って意味ではないの?」
「表緋寒と裏緋寒はカイムの神殿用語だ。表緋寒は神職者として土地神に仕える女性や、土地神の加護が強い既婚女性。裏緋寒というのは神職者ではないが強い土地神の加護を持つ未婚女性……神嫁として選ばれるのは主に神職から離れた場所にいる裏緋寒の方だ」
「それで、師匠も知っていたのね」

 未晩が逆さ斎なら、神殿用語にも詳しいはずである。

「だろうな。神無の地を離れたはぐれ逆斎のようだが、お前を大事に扱っていたことを考えると、至高神が彼にお前を託したのかもしれん。あの天神は目的のためならどんなことでもするからな……」

 ぼそりと呟く夜澄のぼやきを朱華は聞き逃していた。至高神が自分に関わりを持っていると明かされた時点で、すでにあたまのなかはぐちゃぐちゃになっているのだ、これ以上あれこれ言われてもすべてを飲み込めるほど朱華は器用ではない。

「……と、とにかくカイムの集落の土地神の後継をもうけるため、至高神が竜糸の眠れる竜神さまの花嫁として、もうすぐちからを返却する予定のあたしを指名したってこと?」

 まあな、と首肯しながら夜澄は苦い顔をする。

「だが、逆さ斎が記憶を書き換えたことでお前は自分が何者かわからないまま、今日まで来てしまった。おまけに、お前のちからが預けられた状態のまま、半神である大樹さまが行方知らずになってしまった……いま、竜糸の結界は里桜さまひとりで保たせているのが現状だ」
「だから、瘴気が神殿内にまで侵入しているの?」
「それにしては瘴気の量が多いのが気になるが。すでに幽鬼に気づかれた可能性も考えておかねばならないな」
「そんな」