「じゃあ、彼女はどうなるの?」
「殺されそうになったというのにあの巫女のことが気になるのか?」
「だ、だって。悪いのは彼女じゃなくて彼女に憑いた闇鬼じゃない」
「だが、それでも闇鬼につけこまれた巫女に非があるのも事実。神職に携わるものが闇鬼に堕ちるなど赦されない。死をもって償うことで闇鬼ともども処刑するのが望ましい」
「……殺しちゃうの?」

 怯えた表情の朱華に、夜澄が硬くなっていた表情を軟化させる。

「いや。我らの竜神さまは無駄な殺傷を望まない。神術で囲った地下牢に入れて闇鬼を衰弱させ、代理神のちからで浄化したのち、神殿からの永久追放で落ち着くだろう」

 それで星河たちは彼女を連れて出て行ったのか。術の施された地下牢で闇鬼を衰弱させるために。

「ふうん。夜澄は詳しいんだね」
「俺があの三人のなかでいちばん古株なだけだ」

 だから自然とお前の面倒を押しつけられるってわけだな。と、毒づきながら、夜澄は朱華が被った浄衣をぺろりとめくると傷ついた身体に治癒術を施しはじめる。露わになったふとももに夜澄の手があてられ、朱華は慌てて撥ね退ける。

「こ、これくらい平気だって!」
「あいつらは俺にお前の事後処理を任せて出て行ったんだ。おとなしく治療されろ」
「治癒術ならあたしひとりででき……痛っ」
「血が止まってないのに興奮するからだ。それに、さっきまで闇鬼とやりあってちからを使っただろう? 消耗してるときに自分で治癒術をかけたりしたら逆に回復が遅くなるぞ」
「……はーい」

 赤面したままの朱華は渋々頷き、夜澄に身体を寄せる。緊張しているのが伝わったのか、夜澄は朱華の手を取ると、室の奥に並ぶ石の箱に連れていく。どうやらあれは椅子だったらしい。
朱華を座らせ、夜澄は手際よく術を発動させていく。ふとももに負わされた傷だけでなく、身体中を掠ったちいさな傷も、夜澄が唱えたどこか懐かしさを抱かせる言葉によってあっという間に消えていった。彼もまた、古き時代の神謡を深く識る神に携わる人間なのだと朱華は痛感し、ふと疑問に思う。

「あの」
「なんだ?」
「夜澄は、いつからここにいるの」

 桜月夜の守人のなかでいちばん古株だと口にしていたのを思い出し、朱華は問いかける。夜澄はしまった、というような表情を浮かべたものの、朱華の問いに正直に応えを返す。

「竜頭が眠りにつく前から」
「……それって、百年以上前のことでしょ? 冗談」
「冗談だと思いたければそう思えばいい。でも、俺は竜頭のことを知っているし彼に頼まれたからずっとこの地で結界を護る代理神の補佐をつづけている」

 琥珀色の瞳は淋しそうに煌めき、黙り込む朱華をしずかに見下ろしている。

「だから、大樹が消えたいま、お前が必要なんだ」

 ――竜神の、竜頭の花嫁になってくれ。

 夜澄が朱華の前へ跪き、切実な想いを告げる。神へ捧げる祈りにも似た夜澄の強い想いに、朱華は困惑を隠せない。
 そんな朱華の態度をわかっていたのか、夜澄は「いまはまだ心に留めておくだけでいい」と付け加え、ぽんと朱華のあたまに手をのせる。