「竜糸の土地神であられる竜頭さまの花嫁など、認めるものか!」


 即座に朱華は跳躍する。雨鷺が着飾ってくれた白菫色の袿をゆらゆらはためかせながら、恨み事を叫びつづける巫女の攻撃を避けていく。『雪』の加護を持っていたのか、巫女が繰り出す術は氷の飛礫を投げつけるものだった。

「そんなこと言われてもっ! 一方的に選ばれたあたしの身にもなってよ!」

 朱華の想像以上に素早い身のこなしに相手も焦りを見せたのか、氷の飛礫の数が増えていく。火を召喚して反撃しようにも、増えつづける氷の塊は容赦なく朱華にぶつかっていく。ひとつひとつの塊はちいさくても、ぶつかると溶けることなく突き刺さったまま残ってしまう厄介な凶器は、朱華が気づかぬ間に袿を切り裂き、白い肌を露出させていた。そこへ鋭利な氷の刃が掠り、舞っていた朱華の身体を傷つける。

「痛っ……!」

 ふとももからつぅと赤い血が流れ、石の床に叩きつけられたのを見計らったように、巫女が手にしていたおおきな氷の剣を朱華の胸元へ下ろされていく。

 ――殺されるっ!


「だめだよ、いくら竜頭さまの花嫁に自分が選ばれなかったからって、彼女を殺しちゃ」


 朱華が瞳を閉じて覚悟した瞬間、ふっ、と身体が軽くなっていた。思わず菫色の瞳を見開けば、自分の身体が何者かに抱きとめられていることが理解できる。
 驚いてさっきまで自分が倒れていた石の床を見下ろすと、自分に向けて貫かれたはずの氷の剣の姿はどこにもなく、その場には気を失った巫女がくたりと倒れこんでいた。

「そんなことをして、闇鬼に堕ちたキミを、竜頭さまが選ぶわけ、ないんだから」
「……颯月さん?」

 燃えるような緋色の髪の少年は、「ボクたちのことは呼び捨てにして」と笑いながら頷く。

「間に合いましたか」

 ホッとした表情をして入ってきたのは星河。その後ろをつまらなそうに、夜澄が見つめている。朱華は駆けつけてきた桜月夜の守人によって、闇鬼に堕ちた巫女の襲撃から、逃れることができたことを悟り、ふぅと息をつく。