この非常事態に神殿は土地神を起こして結界を完全な状態に戻す方法を選ぶしかないのだろう。
 そのために花嫁を差し出すという手段は有効である。だが、過去の幽鬼との戦いでちからを使いすぎたために深い眠りに落ちた竜神を無理矢理起こしてもいいものなのだろうか。

 ――でも、竜神さまを起こすために、竜糸の神殿にいる人間以外で、強いちからを持つ少女が必要だったから、桜月夜は師匠のところで何も知らずにいたあたしを迎えに来たんだよね?

 土地神の強力な加護を持つ神術者、もしくはそれとは逆に土地そのものに忠誠を誓うことでちからを手に入れ逆さ斎でありながら神皇帝に認められた逆井一族。竜糸の地には眠りについた竜神の代理として『天』の血統にあたる大樹と逆井一族の里桜が君臨している。そのふたりを補佐するのもまた、桜月夜の守人と呼ばれる強い加護を持つ神職者たち。

 代理神と桜月夜の守人と比べると、姓を持たない逆さ斎の未晩のちからは弱い。だが、その未晩のもとですこしずつ学び、五つの加護に沿った神術体系をひととおり取得している朱華には、竜神と旧知のあいだにあるという茜桜が封じた未知数のちからが隠されている。竜神と交流することのできる代理神なら、朱華になんらかのちからが封じられていることも、事前に察知できたに違いない。

 だから、未晩は朱華のちからが完全なものになったらすぐに自分のものにしたかったのだろう。神殿に存在を感づかれる前に。けれど大樹がいなくなってしまったことで、神殿は慌てて竜神の花嫁候補を探すことになり、封印が解かれる前の朱華に白羽の矢が立ってしまった。

 つまりそれは、未晩の目論見が、外れたということ。自分の妻にしようと記憶を操作してまで傍に置いていたのに、あっさり神殿に連れて行かれた朱華が竜神の花嫁にされることを、彼はどう思うのだろう。

「……だめだ。ぜんぜんわからないや」