土地神が施した竜糸の結界を護っているのは事実上、ふたりでひとつの代理神とされる里桜と大樹と呼ばれる男女の術者である。そのうちの片割れがいなくなってしまったということは、いま、この竜糸の結界は里桜ひとりが保っているということ。

 すなわち――いつ、幽鬼に襲われてもおかしくない、ということ。

 朱華は押し殺した声で雨鷺に尋ねる。

「竜糸の代理神は神皇帝の勅命によって選ばれた尊きお方。それなのに、いなくなっちゃったってどういうこと? まさか、もう幽鬼に」
「いえ。大樹さまは生きておられます。どこか(・・・)で。それゆえ、神殿はややこしい状況に置かれているみたいなのです……わたしは『雨』のちからしか扱えないため、それがどういう状況なのかすべて理解できるわけではないのですが」

 雨鷺はそれだけ口にすると、仔細は里桜さまがお話になりますから、と朱華を神殿内の最奥部の(へや)へ案内すると、ぺこりと礼をしてその場から去ってしまった。

 ぎぃ、と黒檀の扉が閉まり、取り残された朱華は四方を乳白色の石壁に囲まれた状態になる。天井は高く、氷柱のような透明な水晶が幾つも垂れ下がっている。一歩、足を動かすと沓がかん高い音を立てる。床の材質が、木から石に変わっていた。その先に、同じ石で作られたであろう立方体の箱がみっつ、不規則に並んでいる。術具でも仕舞ってあるのだろうか。
 まるで、外部からの侵入を拒否するような、荘厳な雰囲気を持つ空間だ。竜神の花嫁候補だという朱華を閉じ込めるための檻なのではないかと思えなくもない。

 ――どうしよう。

 その場にしゃがみこみ、溜め息をつく。

「……代理神が、半神になったから、こんなことになったのね」

 ふたりでひとつの神として竜糸を護っていた里桜と大樹。神の代理を任される術者は国の最高権力者である神皇帝によって選ばれ、その集落で土地神に仕えることを誓わされる。引き継ぐのは、術者が婚姻をして一線を退くか、もしくは死んだときだけ。基本的に婚姻による引退が多いため、代理神に選ばれる術者の平均年齢は低い。ただ、不慮の事態というものは存在するため、自分の死期を悟った代理神が、事前に後継者を神皇帝に選ぶよう伝えたという記録も公にされている。
 その片割れが婚姻でも発病でもないなんらかの理由で失踪してしまった。微弱ながらも彼の持つちからを感じられるとのことから神殿は死んではいないと判断しているらしい。だが、神殿に姿を現さないため、代理神としての役割を果たせない状況にあるという。これは前代未聞だ。