朝衣のまま連れられてきた朱華は食事を終えたのち、里桜の侍女をしている雨鷺(うさぎ)という少女に案内されて湯浴みをした。浴場はひとりで湯につかるのがいたたまれないほどに広大で、なみなみと注がれた湯船には甘ったるい香りのする桜によく似た苔桃色の花びらが敷き詰められていた。なんでも、遠く帝都より神皇帝から送られてきた()つ国の花だという。

薔薇(そうび)と申しまして、美容にとてもよろしいんだそうです。やはり外つ国でも高貴な身分の方しか使えないという貴重な花なんだとか」

 雨鷺は焦げ茶色の髪と瞳を持つ典型的な『雨』の少女だ。同じルヤンペアッテでありながら表現しづらい玉虫色の髪と菫色の瞳という朱華からすると羨ましい容姿である。だが、雨鷺は朱華の髪の美しさに感嘆の声をあげてくれた。

「黒にも茶にも他の色にもとれるこの不思議な髪の色こそ神々に愛された印ではありませんか! きっと里桜さまもお喜びになられますよ」

 湯あがりにも薔薇の花でつくられたという化粧水を全身に塗られ、朱華の未成熟な身体が磨かれていく。美容によい薬草を化粧水にして使うという話は未晩から教わっていたものの、まさかこんな風に自分の身体に使われる日がやってくるとは思わなかった。

「……恥ずかしいわ」

 髪から足先に至るまで甘ったるい薔薇の香りが漂う身体に困惑しながら、朱華は雨鷺に手渡された衣へ腕を通す。銀糸で八重桜の刺繍がされた瞳の色を透かしたような白菫色の袿は軽く、まるで神謡に謳われる始祖神の御遣いである天女たちが纏っていたという羽衣のようだ。

「よくお似合いですよ。お眠りになられている竜神さまもこんな愛らしい花嫁さまに起こされたら二度寝もできませんって!」
「そういえば、竜神さまはまだ眠ってらっしゃるんでしたっけ」

 竜糸の土地神は竜神さまと民から呼ばれているが、その実態を目にした人間は皆無といってよい。なぜなら竜神は神殿敷地内にある湖で百年以上前から眠ったままの状態だから。
 なんでも、数百年前に起きた幽鬼の襲来で滅んだ集落のちからを引きこんだ際にひどく疲労してしまったからだとか。そして、眠りにつく直前に彼が神職者たちへ命じたのが、竜糸という集落特有の代理神という役職の設置。

「ええ。定期的に里桜さまが思念を飛ばして夢のなかで対話はされていたのですが……」

 雨鷺は頷き、わたしが話したことは内緒ですよと口に指を立ててから、小声でつづける。

「大樹さまがいなくなってしまったんです」
「……それって、大変じゃない!」