「どうして、教えてくれなかったんだろう」

 朱華はずっと未晩が『天』の人間だと思っていた。まさか彼が神のいない集落、神無の出身で、加護を持たずに数多の神術をこなしているとは、考えもしなかった。

「逆井を名乗れない加護なしの術者は、弱いながらも正統な土地神の加護を持つ人間よりも劣る、なんて言われてますからね。男の意地でしょう」

 あっさり応える星河に、朱華は思わずぷっと吹き出してしまう。

「お、男の意地って……でも、師匠ならありうるかも」

 孤児になった朱華を引き取り、診療所の手伝いをさせながら面倒を見てくれた未晩。
 たとえ記憶が改竄されているとしても、朱華が彼と一緒に暮らした歳月(としつき)すべてが無になってしまうことは、ありえない。
 彼が姓を持たない逆さ斎で、朱華に封じられている土地神の加護を欲して、自分を傍に置いて、将来自分のちからとするために記憶を変え、ときが訪れたら妻神となるよう仕組んでいたとしても……

「たぶん、あたしは師匠を許すと思うんです」

 書き換えられた記憶が何か、不安はある。けれど、潜在的な不安は彼のなかの闇鬼が食べていたから、朱華のなかにひとを憎む気持ちは殆どない。それよりも、自分が土地神の花嫁に望まれたせいで苦しんでいる彼をひとり残してきてしまったほうが心配だ。
 だから、これ以上彼を苦しめないでほしい。彼のなかで途方に暮れたちからない闇鬼など放っておいてほしい。
 朱華が呟くと、三人の守人は顔を見合わせ、微苦笑を漏らす。

「……おひとよし」

 ぼそりと零した夜澄の低い声が、妙に耳に心地よかった。