「貴女の師匠を傷つけるつもりはなかったんです」

 沈んだ表情の朱華を慰めるように、星河が時宜(タイミング)よく声をあげる。え、と驚きを見せる朱華に、颯月が言葉をつづけていく。

「そうだよ。彼だってわかってたハズなんだ。裏緋寒の乙女に選ばれた時点で、その少女は神にしか嫁げないことを。ただ、彼も強力な神術を扱える人間だったから、秘められたちからを持つ朱華ちゃんを素直に渡せなかっただけなんだよ」

 渡す、なんてなんだかモノみたいだ。無表情で白米を食べながら相槌を打っていく朱華を見て、憐れむように星河も応じる。

「記憶を改竄されたのも、貴女が彼から離れていくのを止めるためだったと考えられます」
「師匠……」

 自分を引き取って育ててくれた銀髪の男性を想い、朱華は呻くように声を発する。
 十七歳になったらほんとうの家族になろう。そう言ってくれた未晩。けれど彼は、朱華の知らない間に、朱華の記憶を都合のよい方向へ塗り替えていた。なぜ?

「――十七の誕生日に、封印が紐解かれる」

 考え込んでいた朱華を引き戻すように、夜澄の低い声が響く。

「それ……なんで、あなたが」

 ハッとして夜澄を見れば、彼は何食わぬ顔で天ぷらを頬張っている。そんな夜澄を見て、颯月が苦笑する。

「きくだけ無駄だよ。彼は自分が言いたいことしか告げないから」
「でも。そのとおりなの。あたしは十七歳の誕生日を迎えたら……ちからを手に入れる」

 声に出して、はじめて実感した。
 何度も夢で告げられた茜桜の言葉。その真意を摑めたのは、未晩が桜月夜と敵対する姿勢をとったちょうどそのとき。

「それで、師匠は十七歳になったら、あたしを自分の妻にしようと……?」

 たとえ強力な加護を持たなくても、夫婦の契りを交わせば夫は妻の、妻は夫の加護を受けることが可能になる。未晩が欲していたのが、朱華に封じられていた神のちからだとしたら……

「そんなことを考えていたんですかあの年齢不詳な逆さ斎は」

 蒼白になった朱華を宥めるように、あえて茶化すように星河が切り返す。

「そう考えたら、ぜんぶ、納得できる」

 だから、神殿の要求を、彼は拒んだのだ。ちからを手にした朱華がいつの日か土地神に見初められることを、予め知っていたから。
 それゆえ、彼は闇鬼を浄化することなく心の裡に隠し持っていたのだ。
 朱華が嫁されるであろう土地神に対抗するために。
 自らを鬼にしてまで……?