「……って話は師匠からきいたことがあったけど。まさか自分がその神嫁?」

 信じられないと朱華は溜め息をつき、目の前に並ぶ昼餐に困惑する。
 それは、青菜と芋と雑穀とわずかな味噌で生活していた朱華には考えられない豪勢な食事。
 竜糸の最南に面する冠理海(かんむりかい)より朝一で運ばれてきたのであろう新鮮な魚は刺身にされ、透き通った菊の花のように青磁の皿の上を飾っている。野菜は美蒼岳(びそうたけ)の麓で採れたものだろう、新春の悦びを表現するかのように款冬(ふきのとう)接骨木(にわとこ)の黄緑の若芽が目にも鮮やかな天ぷらにされている。
 見慣れない肉はどうやら鹿を焼いたもののようだ。鼻孔に香ばしい匂いが届き、思わず湧き上がる唾液を呑み込んでしまう。
 そのうえ、炊きたてのつやつやの白米には乳酪が乗せられ、トロトロと溶けながら芳しい香りを漂わせている。そのままでも充分美味しそうなのに、醤油や塩を好みで乗せて桜月夜の三人は気兼ねなく食べている。
 朝食を食べ損ねた朱華はおそるおそる椀を手にとり、みそ汁を啜る。みそ汁にも魚が入っていたが、生臭さがまったくなかった。みそ汁を口にしたとたん黙り込んでしまった朱華に、颯月が咀嚼しながら話を切り出す。

「信じたくないのは仕方ないけど、ボクたちは里桜さまに命令されてキミを連れてきんだ」
「不安なのは仕方ないでしょうが、悪いようにはしないとおっしゃっておりましたよ」

 颯月の言葉に同調するように、星河もにこやかに応える。だが、夜澄だけは仏頂面のまま、何も言わずに箸を動かしている。
 朱華は曖昧に頷いてから白米を口に運ぶ。黄金色のとろける乳酪(ばたあ)が絡んだ米粒は朱華の想像以上に美味なるものだったが、表情を変えることはできなかった。

「……もっと美味そうに食え」

 そんな朱華を横目に、夜澄がぼそりと呟く。けれど、夜澄の声を朱華はあっさり無視する。
 たしかに、美味しい。だけど、表情が追いつかない。なぜ、自分は、神殿に召されて、こんな高貴なひとしか味わえない食事をしているのだろう。あのまま、未晩を置いてきて、よかったのだろうか……