――師匠は逆さ斎なの? 至高神に愛された『天』の末裔じゃないの?

 朱華の問いかけるような視線を受けた未晩は、ふっと淋しそうに微笑を浮かべ、しずかに頷
く。翡翠色の瞳に、陰りが生まれる。

「まさか僕のことを知っているとはな。さすが桜月夜」
「里桜さまはすべてお見通しですから」

 場違いなほど朗らかな緋色の髪の少年の声が、緊張しきっていた空気を知らず知らずのうちにほぐしていた。
 里桜。それは竜糸の竜神に仕える、竜神の声をきくことのできる少女が持つ特別な役割で、神の代理を務める少女の呼び名。

「その里桜さまの命で、君たちは来たのだろう? 僕のなかの鬼を払うなど、そのついででしかない。そうだろう?」

 すべてを悟ったのか、未晩が穏やかな声色で尋ねると、三人のなかで一番礼儀正しそうな蒼い髪の青年が笑顔で応える。

「そうですね。逆さ斎である貴方なら鬼に身を滅ぼされるという可能性は殆どないでしょうからね。闇の瘴気を竜糸の地にばらまかない限りは、危害を与えるつもりはありません」
「……すでに与えられている気がするがな」

 毒づく未晩を気にすることなく、青年は言葉を紡いでいく。

「それよりも、裏緋寒の乙女を神殿に渡していただきたいのですが」
「断る」

 未晩の言葉に、漆黒の髪の男がせせら笑う。

「星河、そんなんじゃダメだ。この逆さ斎は娘を一人占めしようとしている。了解を取り付けて連れていくのは無駄だと思うぜ」
「だが……」

 星河と呼ばれた蒼い髪の青年は苦笑を浮かべて言葉を濁す。逆さ斎と呼ばれる神術師は土地神の加護を持たずともその土地に従う術を身に付けた特殊な一族。神殿の人間であろうが逆斎を敵に回すのはいかがなものかと星河は言いたいらしい。

「そうだよ星河。こんな逆さ斎のことより、いまは里桜さまの願いを叶えるのが先だよ」
「颯月まで……」
「ボクたちの主である里桜さまは裏緋寒の乙女を必要としているんだ。まずは彼女……えっと、名前なんていうの?」