衝撃は軽かった。
 ひらかれた琥珀色の瞳を遮るように、痛々しい白い包帯が天女の羽衣のように翻る。
 眠っていた少女が身体を起こし、片腕でちからいっぱい夜澄のあたまを抱え込んでいた。
 心配そうに夜澄を覗き込むその双眸は、常世の春を匂わせる菫色。


「その想い、受け止めるわ。夜澄……あたしの、蛇神さま」


 朱華はうたうように神の求婚に応え、はじめて自分から彼の唇を奪い取る。
 気づけば至高神の気配は遠のき、氷辻の姿も消えている。夜澄は時を止めるかのような長い口づけを夢のように感じながら、自分から舌先を転がしていく。そのまま、朱華が恍惚とした表情で夜澄を受け入れるのを確認してから、未晩が刻みつけた接吻の痕を消毒するようにひとつずつ、舐めとっていく。

「夜澄……」

 青ざめていた表情には朱が戻り、自分を呼ぶ声にも艶が混じる。どこか非難するような彼女の声を無視して、夜澄は傅くように、口づけを送りつづける。
 やがて、身体中を廻った夜澄の唇は朱華のもとへ再び舞い戻る。


「俺は、お前の苦しみを支え、悦びを分かち合える片腕になる……だから」


 ――誓ってくれ。ともに生きる未来を。


 竜神の花嫁になれと言われた時よりも強く求められ、朱華はこくりと頷く。


「誓うわ」


 自分が起こした過去の罪を償うのに、左腕一本では足りないだろう。けれど朱華は夜澄とともに未来を生きたい。それが竜糸で未晩と穏やかに暮らした偽りの優しい日々と違い、苦難の連続であろうが、朱華は彼とともに乗り越えたいのだと心の底から声にだす。けして違えることのない、神との誓約として。
 そしてまた、甘い吐息とともに、ふたりの影はひとつになる――……



――fin.