裏緋寒となった里桜が竜頭を選んだことで竜神は完全に覚醒した。集落の結界は強化され、渦巻いていた瘴気も浄化された。また、代理神が廃されたことで代理神に仕える桜月夜の役割も終わり、彼らは自由の身となった。
 幽鬼と火の女神の息子だった颯月は至高神に従い、土地神として新たな集落を築くため、竜糸を去った。想いを寄せていた少女が、竜神と添い遂げるのを見届けることなく。
 前世の記憶を持っている星河は竜頭が完全覚醒した後も神殿で御遣いとして生きる少女、雨鷺の傍にいることを選んだ。桜月夜の位を返還した星河は、一神官に戻り、雨鷺とともに自分たちを巡り合わせてくれた竜神の元に仕えている。
 人間に身をやつした亡き集落の雷神だった夜澄は、まだ、この先どうすればいいのか、何も考えていない。


「いつまでそこで立ち止っておる」


 昏々と眠りつづける朱華の手を握ったまま、夜澄は声のする方へ、険悪そうな視線を向ける。

「……何しに来た」
「神々に愛された娘の様子を見に来るのに、何か問題でもあるのかえ?」

 朱華の面倒を見ているのは雨鷺と氷辻。雨鷺が来るときは星河が付き添い、氷辻が来るときは、どういうわけか至高神が憑いてくる。ほんのひとときの憑依だからか、神殿に仕える他の人間は気づいていない。竜頭だけは知っていて黙っている気がするが……

「言いたいことはそれだけか?」

 呆れたように夜澄が言い返すと、ふんと可愛らしい声をあげながら至高神が言葉を返す。

「おぬしが素直じゃないからいけないのじゃ。妾なら朱華を目覚めさせることなど簡単にできるのだぞ? ほれ、跪いてみるがよい。愛する娘を救いたいのだろう?」

 こっちはいつ頭をさげて頼んでくるか楽しみにしておるというのに、ずっと手を握って祈ってるだけのおぬしを見るのはいいかげん飽きてきたのだとあっさり告げて、至高神はニヤニヤと笑う。自分の母神でありながら、この性格の悪さには辟易してしまう夜澄である。

「――俺が頼めば、朱華を起こすだと?」
「おぬしはなんでも溜めこんでしまうからいけないのじゃ。言霊にすればカイムの神々はおぬしに味方する。この娘はおぬしの生命を救った大切な裏緋寒。おぬしが彼女を心の底から求める姿を我らに証明せよ。さすれば、互いが互いを求めあう限り、妾はふたりを祝福しようぞ」