「よし、今日は皆でエデンダンスしようぜ」

竜也はそう言うと、音楽をかけた。

「エデンダンス? って何だ?」

淳が笑いながら訊く。

「太極拳をアレンジしたダンスさ」

「何でダンス?」

夏美がからかう様に言った。

「エデンに近付く為に、身体を軽くするのさ。それに、ダンスって楽しいだろ」

「分かったわ。どうやるの?」

明里がベンチから立ち上がって、竜也の隣に立つ。

「音楽に合わせて――こう」

言いながら竜也は右足を大きく踏み出すと、合わせて両手を前に真っ直ぐ突き出した。音楽に合わせて、足を戻し、今度は左足を踏み出す。正直、かなり笑える動きである。見ていた三人は笑いを噛み殺していた。

「ほら、皆も」

四人は横並びになると、竜也の動きに合わせてエデンダンスを踊った。スローな動きだが意外に体力を使う。しばらく踊っていると、西村がやって来た。

「お前ら、何やってるんだ?」

西村は笑いながら質問する。

「何って、ダンスですよ。エデンダンスです」

竜也が真面目な顔をして答えた。


「エデンダンス?」

「はい。エデンに近付く為に、心身を身軽にするんです」

「面白い事考えるな。俺もやって良いか?」

「もちろんです。先生もご一緒に」

五人は揃ってユーモラスなダンスを踊った。


 その変なダンスを見に来たのか、草むらから一匹の猫が現れた。キジトラ模様の毛皮に金色の目をしている。竜也はダンスを止めると、静かに猫に近付いた。猫は逃げなかった。竜也は優しく背中を撫でる。

「これで、動物も揃ったな」

竜也が呟いた。

「よし、お前ら。俺がコーヒー入れてきてやるから、休憩にしないか?」

西村はそう言うと、校舎へ向かった。三人はダンスを止めて、ベンチに座る。竜也は猫を抱き上げて、テーブルの上に乗せた。

「野良かな?」

淳が猫を撫でる。

「どうかな? 人を恐がらないから、何処かの飼い猫じゃないか? まあ、でもこれで動物も揃ったし、エデンらしくなったな」

「小さなライオンみたいなものね」

明里が笑う。

「名前をつけない? まあ、何処かの家で既に名前はあるだろうけど」

夏美が提案した。

「そうね……女の子だから、ナナはどうかしら?」

「良いね、ナナにしよう」

竜也はそう言うと、ナナ、と小さく囁いてナナの頭を撫でた。


 そうこうしているうちに、西村がトレイにコーヒーカップを乗せてやって来た。西村はトレイをテーブルの上に置いた。

「コーヒー持ってきたぞ」

「ありがとうございます」

四人は一斉にそう言うと、各々カップを取った。

「その猫はどうするんだ?」

西村が訊く。

「ナナですよ。別にどうもしません。このままエデンに来てくれれば、よりエデンらしくなって良いけど」

「そのエデンだがな。旧約聖書のエデンの園だろう? 何だって、そんな物再現しようと思ったんだ?」

「俺が思うに、エデンっていうのは宇宙にあるんじゃないかと思うんです。かつて人類も、その至福の空間に居たんだけど、どういう訳か地球に落っこちて、それで繁殖やら経済活動やらをひたすら続けて来たけど、もうそれは良いんじゃないかって思うんです。俺は宇宙の至福が欲しいんですよ」

竜也がそう説明すると、西村は目を丸くして、そして、ウーン、と唸った。

「お前、凄いこと考えるな。普通の高校生なら、進学の事とか、女の子の事とか、そんな事で頭が一杯だろう?」

「いけませんか?」

「いや……いけないとは言わないがね。ただ、そういうのは社会では受け入れられないだろうなあ」

「だからここでクラブやってるんですよ」

「……成る程な」

竜也はコーヒーを一口飲むと、空を見上げた。傾いた日が、西の空を赤く染め始めていた。


「……俺も、昔はそんな事考えたりもしたよ……でも、大人になるに連れて、やっぱり嫁さんもらって、子供を育てなきゃ、とか思うようになって、そんなロマンは忘れていったな……」

西村はポツリと呟いた。

「先生も、そんな事考えたりしたんですか?」

明里がちょっと意外、という顔をして訊いた。

「うん。夜空を見上げて、宇宙を旅してみたいとか思ったものさ」

「じゃあ、今からでも遅くないから、俺達と宇宙を目指してみたらどうですか?」

「目指すって、それで宇宙へ行けるのかね?」

「宇宙への通風口は、多分心の中にあるんですよ。肉体を持っている間は、行けたとしても物理宇宙にしか行けないけど、通風口からなら、エデンへ行けるんじゃないかな?」

「そうなのか?」

「……多分」

「面白いな。お前は面白いよ、海野。じゃあ俺も参加しても良いかな?」

「もちろんです」

「で、何をすれば良いんだ?」

「特に何も」

「は?」

「敢えて言うなら、ここで疑似楽園を再現して、安らぐ事でエネルギーを調整するんです。そうやって意識を宇宙の楽園へ合わせていくんですよ。そうやっているうちに、時が来たら……きっと宇宙へ出れますよ」

「……よく分からんが、まあやってみるか」

西村はそう言って笑うと、コーヒーを飲んだ。