月曜日。肥料を撒くと、メンバーは張り切って畝を作った。既に耕された土を成形していくだけだから、畝作りはそれほど難しくはない。畝を作り終わると、竜也は野菜の種をそれぞれメンバーに配った。

「これを植えていくんだ。一畝毎に、種類を分けよう」

「じゃあ、私はトマトをこの畝に植えるわ」

明里はそう言うと、指で畝に穴を掘って種を植え始めた。

「皆もこんな風にやってくれ。俺はジャガイモをやる」

竜也はそう言うと袋からジャガイモを取り出して、テーブルの上をまな板代わりに、芽の出ている所を切り分けた。切り分けが終わると、畝に穴を掘って植えた。すっかり植え終わったところで、明里が如雨露で水をやった。たった四人で作り上げたにしては、中々見事な畑だった。


「完成ですね」

夏美が満足そうに畑を見渡す。

「そうだな」

淳がスマホで畑の写真を撮った。

「実が成るまでの観察記録だ」

「よし、次はこれだな」

竜也はそう言うと、持ってきたスピーカーにスマホを繋いだ。ダウンロードした月の周波数の曲を流す。

「何? それ」

明里が訊いた。

「これは月の周波数、二百十・四二ヘルツの曲さ」

「月の周波数?」

三人が同時に声を上げる。

「月は固有の周波数を出しているんだ。その周波数を浴びると、心身を浄化して整える事が出来るんだそうだよ。エデンは楽園なんだ。やましい気持ちがわき起こらないように、これを流すのさ」

「やましい気持ちって?」

明里が不思議そうな顔をして訊く。

「それは……」

竜也は言葉につまった。自分は密かに明里に恋心を抱いている。そして、気を許せば欲情しそうになる事もある。だが、それを打ち明ける勇気は無かった。

「アホやなあ。年頃の男女が一同に会するクラブだぞ。嫌らしい気持ちにならないようにっていう意味に決まっているがな。何しろ、ここはエデンの園なんだからな」

淳が竜也の言いたかった事を代弁してくれた。

「何だ、そういう事ですか。大丈夫ですよ、海野先輩には女子をやらしい気持ちにさせるような要素、ありませんから」

夏美がカッカッカ、と笑う。竜也は残念なような、安心したような、複雑な気持ちだった。


「まあ、それは置いといて、出来るだけ気持ちが安らぐような曲を選んだんだ。音楽を聴きながら、皆でまったりしようじゃないか」

竜也は気を取り直してそう言うと、ベンチに座った。三人も腰を下ろす。二百十・四二ヘルツの波が四人を穏やかな空間へと誘った。

「確かに、この曲を聴いて、こうしていると、楽園へ回帰出来る様な気がしてくるわね」

明里がホウッと溜め息をつく。その可憐な唇から漏れる透き通った溜め息を聞いて、竜也の心は早くもざわついた。いかん。ここはエデンだぞ。気持ちを静めるんだ――竜也は出来るだけ音楽に集中する。


 しばらく皆でまったり音楽を聴いているうちに、すぐに帰宅時間になった。

「もう帰らなきゃならないのね。エデンクラブは素敵な空間なのに」

「そうですね。こうして何も考えずにボーッとする時間も必要ですよね。帰ったら宿題やらなきゃいけないし、帰りたくないなあ」

夏美が名残惜しそうにテーブルに突っ伏した。

「まあ、仕方が無いさ。よし、今日はここまでだ。解散!」

竜也はそう言うと、スマホとスピーカーをリュックにしまう。

「また明日な!」

「ええ、明日!」

一同は口々にさようならの挨拶をすると、帰路に着いた。


 自宅に戻り、宿題を済ませた竜也は窓から外を眺めてみた。明るい満月が東の空に光っている。

「エデンを育む月……」

竜也はそう呟くと、しばらく月に魅入った。初夏の夜空に浮かぶ月は妙に艶かしく、見ているうちに自然と明里の顔が思い浮かぶのだった。明里はエデンクラブを気に入ってくれた様だ。今の竜也にとっては、それは最高の出来事だった。


 竜也は再び、かつてあったといわれるエデンの園について考え始めた。飽くまで竜也の推測だが、それは宇宙にあったのではないか? 地上の神は基本的に産めよ増やせよである。とにかく動物の様に繁殖させて、ひたすら労働させようという企みが、地球の磁場であるように思われた。それが悪いとは思わないが、その結果、人類の混沌の歴史を作ってきたのである。


 一部の恵まれた者達――大抵それは権力者だが――を除いて、大抵の人類は延々と続く生殖活動とそれに伴う経済活動にもうウンザリしてはいないだろうか? かつて我々の祖先となったアダムとイブが楽園に居たのなら、その記憶が俺達にだって眠っている筈だ。竜也はそう考えた。その眠りから目覚めた時、俺達は再び宇宙へ還るのだ。至福の空間へと旅立つ――いや、帰還するのだ。地上の汚濁と喧騒を離れて到達する楽園とはどんな所であろうか? きっと宇宙の美に(あふ)れているのに違いない。そう思うと竜也の胸はワクワクしてきて、

「思い出すんだ」

そう、自分を励ますように呟いた。