翌日、淳は父親に頼んで、軽トラでウッドテーブルセットを運んできた。三人で楠の下にテーブルセットを設置する。これで三人の憩いの場が出来た訳だ。

「やったわね。でも、これだけじゃ何だか寂しくない?」

「もちろんこれで終わりじゃないさ。これから、畑を作るんだ」

竜也は地面を指差して言った。

「畑!?」

二人が驚いた声を上げる。

「聖書のエデンの園では畑じゃなく、自然に成っている果物なんかを食べていた訳だけど、ここにはそんな物無いからな。畑を作って擬似的に楽園を再現するのさ」

「勝手にこんな所に畑なんか作って大丈夫かしら?」

「西村先生の許可は取ったよ」

「……で、何を植えるんだ?」

「そうだな……トマト、キュウリ、ナス、ジャガイモっていうところかな。育ったらそれで夏カレーを作るっていうのはどうだ?」

「良いわね! でも、どうやって畑を作る訳?」

「まずは雑草取りだ。ほら、スコップ持って来たから、これでこの辺の雑草を抜くんだよ」

竜也は二人に園芸用のスコップを渡した。


 夕方とは言え、初夏の西日は暑かった。三人は汗だくになって雑草抜きをした。てんとう虫が竜也をからかうように飛んできて、運動着の胸に張り付いた。可愛らしいてんとう虫を脅かさないようにして、竜也は雑草抜きに精を出した。青臭い草の匂いに包まれるのも、悪くはなかった。こうしていると自分も自然の一部になったような気がして、竜也の口には自然と笑みがこぼれた。


 日も暮れる頃、ようやく三人は雑草を抜き終わった。綺麗に草の抜かれた地面を見て、淳が言う。

「綺麗になったな! これなら、良い畑が出来そうだ」

「うん。明日は耕そう。本当はクワがあると便利なんだけど、無いからスコップでやろう。あ、明里はやらなくて良いよ」

「どうしてよ?」

「だって、結構な力仕事だぞ」

「平気よ。疲れたら休めば良いんだし。私もやるわ」

「そうか。無理しないようにな」

「大丈夫よ」

三人は帰路に着いた。


 明くる日は皆で畑を耕した。スコップで地面を割り、固くなった土を砕いて柔らかくする。竜也が言った通り、中々の重労働である。特に明里にはキツかった筈だが、明里は黙って黙々と土を耕した。竜也は、へえ、明里って見た目によらず、結構根性あるんだ、と感心する。淳は元々頑健な事もあり、結構平気な顔をして作業していた。竜也は正直、途中で根を上げたくなったのだが、頑張っている二人の手前、我慢した。


 この日は耕す作業で終わった。

「良い感じに柔らかくなったな」

竜也が汗を拭う。

「次はどうする訳?」

「肥料を撒いて、(うね)を作って、種を植えるんだ。明日から土日だから、俺が種を買ってくるよ」

竜也が耕したばかりの地面を指差して言った。

「私は如雨露《じょうろ》を用意するわ」

「じゃあ、俺は肥料を買ってくるわ」

三人はこれから出来るであろう畑を想像して、胸を踊らせた。自分達で作った畑で採れた野菜で作るカレーは、きっと旨いに違いない。三人が収穫を夢見て地面を眺めていると、少女が一人やって来た。一学年下の林夏美(はやしなつみ)である。

「先輩方、何やってるんですか?」

「ここはエデンクラブさ。エデンの園を再現するために、畑を作っているんだ」

「エデンクラブ?」

夏美はサッパリ分からない、という顔をして訊ねた。竜也がエデンクラブについて説明する。

「面白そうじゃないですか! 私も参加しても良いですか?」

「それは構わないけど……君は誰だい?」

「私は一年生の林夏美です」

「そうか。よし、じゃあ新たに林さんも加えて、四人でエデンを作ろう」

「夏美で良いですよ」

夏美はそう言って、白い歯をニカッと見せて笑った。


 土曜日、午後から竜也は近くの園芸店に種を買いに行った。店前の広場には所狭しと様々な園芸用の植物が並べられ、眺めているだけでも楽しい。店内に入ると、棚に数々の野菜や花の種が袋に入って陳列されている。竜也はトマトとキュウリとナスの種を買った。その足でそのまま近くの、野菜売り場まで行く。ここは農家と契約して、取れ立ての野菜を量り売りしている所だ。ここでジャガイモを一キロ買った。丁度少し芽が出ている。竜也は買い物を終えると、部屋でノートパソコンを立ち上げた。


 月の周波数、二百十・四二ヘルツの周波数を出している曲を検索して、ダウンロードする。セレナーデや、バイオリン曲や電子音楽など様々だ。ダウンロードが終わると、データをスマホに移した。竜也はベッドへ寝転んだ。昨日の重労働のせいで、身体中が筋肉痛だった。竜也は二人もきっと今頃筋肉痛にやられているだろうな、と想像してニンマリする。夏美も加わった事だし、それぞれ男女ペアでバランスも良い。これで野生動物が居れば最高なんだが、まあそれは仕方がないか……。竜也はエデンクラブの出だしに満足していた。