「雨音?」
「わっ、ごめん。ぼーっとしてたっ」
現実に引き戻されて、図書館ということを忘れて思わず声をあげてしまう。
羽虹はくすりと笑って、慌てすぎーと揶揄うように言った。
「なになに、彼氏のことでも考えてた?」
「いないよっ、いるわけないっ」
小声のまま、必死に反論する。
羽虹は冗談だよ、と楽しげに笑った。
もう、と頬を膨らませながらも心は軽い気持ちに包まれている。
だって、こんなに親しい友達ができるなんて。
羽虹とは好きなことも、苦手なことも、趣味も似ていて、すぐに意気投合。
こんな経験はお互い初めてで、私達は磁石のように距離を縮めていった。
クラス替えからまだ一ヶ月しか経っていないのに、人と関わるのは苦手な私も羽虹相手ならこんなに気楽でいられる。
天沢と、羽虹。
私はこの短い月日で、二つの光に出会っていた。
「でも雨音、なんか幸せそうな顔してたよー?見てるこっちがドキドキしちゃった」
「え、嘘っ!」
「まあ、雨音のことだから大好きな本の結末でも思い出してたのかな?」
羽虹は特に深く探らず、読書を再開する。
私は追求されなかったことに、心底安堵した。
これは口が裂けても、天沢のことを考えてた、とは言えないなぁ…。
羽虹に、天沢と会っていることは言っていない。
一番の理由はもちろん…
上手く誤解を生まずに伝えるには、私が死のうとしたことが必須事項だから。
…それは、言いたくない。言えない。
それに、天沢だって困ると思う。
皆の王子様が、根暗な女子と休日に二人きり?
そんなことがバレたら、私も彼もどうなることやら…。
私の心の苦悩なんてどうでもいいかのように、悠々と呑気に流れていく雲に私は静かにため息を吐いた。
