あの日。
しばらく屋上に身を置いていた私たちの元に、電話が届いた。
幸い防水加工をしてあったため、天沢のスマホは雨の中でも無事に作動することができた。
全部が、どこかで噛み違っていた。
『お兄ちゃんっ、どこ?』
心から愛する人へ贈る、悲哀に満ちた声。
『会いたいよ…』
天沢の弟は、彼を恨んでなんかない。
そう、はっきりとわかった。
状況を整理したところ、天沢の弟は夢現のまま誤って手首を切ってしまっただけで、記憶も全くなかったらしい。
勘違いした義父が天沢に間違った情報を与え、彼は死を選ぶほどに追い詰められた。
それなのに、天沢はそれを聴いた時酷く安堵した様子で両手で顔を覆っただけだった。
私は義父を許せない、と思ったが、彼もまた飲酒したときの記憶を全く持っておらず、その日初めて自分が天沢を責めていたことを知ったらしい。
そうなると、もう誰も悪くない気がした。
天沢の義父だって、自分の傷を隠して一生懸命生きてきたんだ。
目の前で母を殺されたのにも関わらず、必死に。
天沢は義父だけではなく、医者であり義父の父である義祖父、そして母とも定期的に会うことを決めたと言っていた。
義父は病院に通い、アルコールを断つなど少しずつ治療を行っていくらしい。
全てが片付いたわけではない。
でも、道は間違いなく開けてきている。
少しずつ、進んで行けるはずだ。