「…っ」
ぎゅっと服を握られたのがわかった。
ぐっと涙腺が緩む。
──ねえ、空は好き?
あの日から。
私はずっと、優しくて儚い君に恋をしていたんだ。
「それでも逝くのなら、私も連れて行って」
決して嘘じゃなかった。
止めるつもりだったし、死ぬ気なんてさらさらなかったけれど。
彼がこれ以上苦しむ姿を見るくらいなら、それでも良いと心から思った。
君と、一緒なら。
どこまででも。
「…やだ」
彼が何かを否定するのは、初めてで。
そして、それが今日初めて直接聴いた、彼の声だった。
空に飛ぶ覚悟は、とっくに決まっていた。
だけど彼が首を縦に振ることはないとも、わかっていた。
彼は優しい。
他人の痛みに怯え、代わりに自分を傷つけてしまうほどに。
「約束を破って…ごめん、なさい。
僕は、ここにいちゃ、行けないんだ。誰かを傷つけるくらいなら、いない方がいい…。
でも、君に会ったら、離れたくないって…、思ってしまうって、わかってたから…」
身体に触れられた彼の手が、泣きそうなほどに震えている。
きっと、これは死への恐怖からじゃない。
これ以上、誰かを傷つけてしまうのが辛くて、怖くて、仕方がないんだ。
「…天沢は、生きたいと思ってくれてる?」
彼の心を、知りたい。
君に、死にたいなんて思って欲しくないよ。
「…わから、ない」
暗い道で迷った子供みたいに、彼は首を振る。
よく似ている。
進む道に迷って、ここに来た私と君は。
──光がないと影はできないし、夏が来ないと冬も来ない。反対と思うものもさ、意外に関わってるもんだよ。
