スマホが手の中で振動する。

深呼吸をしながら、私はそれを耳に当てた。

窓の外に目を向けて気持ちを落ち着かせながら、電子音が止むのを待つ。

「もしもし」

五コールを数えたところで、電子音はぴたりと止む。


久しぶりに聴いた声は、私の心を緊張の色に染めた。

それでも…やっぱり十年以上耳に入れてきた声は、懐かしくもあって。

複雑な気分のまま、口を開く。

「もしもし、お母さん」

「…雨音」

最後に名前を呼ばれたのは、一年以上前のことだったはずだ。

あの頃、母がどんな思いで私の名前を呼んでいたか。

そんなことはわからない。


今わかることは、ただ一つ。

私の名前を呼んだ声は、驚きと戸惑いに満ちていた。

それだけだ。

「久しぶり。今まで連絡しなくてごめん」

「そんなことは全然良いけれど…。急にどうしたの?何かあった?」

心配してくれているのが、よく伝わってくる。

私は何度、家族の優しさを突き放してきたのだろう。

「…気持ちの整理、着いたから。

感謝してるの。育ててくれて、愛情を注いでくれて。本当にありがとう。

でも同時に、申し訳ないとも思ってる。中学の頃から独りで壁を作って全然話せなかったから。

後悔しています。すごく」

言葉を切らずに続ける。

返事を聞くのが怖いから。


最後まで声が震えないように。

今は、ただ…気持ちを言葉として綴ろう。

「でも、それでも。本当に勝手で申し訳ないけれど…、大学は自分で選びたい。高校は陽菜のそばにいるのが…比べられるのが辛くて、それで選んでしまったから。

今度こそ、自分で色々考えて選びたいの。お願いします」

届け、届け、届け。


天沢、ごめん。

辛いときにこんなこと頼んでごめん。




…どうか、力を貸して。