しばらくして笑いが収まると、緊張の解れた優しい声で安東くんが言った。
「…とにかくさ。千晴にとって水瀬さんは特別なんだなって思って。なんかちょっと悔しいけど、でも嬉しいよ」
「安東くん…」
「水瀬さんは、千晴が自分を好む理由がないって言ってたけれど、俺はそんな風には思わない。
だって千晴は、あんなだから。なんでもできて、弱音なんて吐かない、完璧な王子様だって思われてるから」
安東くんの言葉が、ちくりと私の心に刺さる。
完璧、とか王子様、とか…天沢は何度呼ばれてきたのだろう。
そして、私自身も始めはそう思っていた。
本当は普通に傷ついて、毎日努力を怠らなくて、行動するのに勇気だっている、私たちと同じ人間なのに。
彼にとって、それは重荷だったのだろうか。
「それで…誰も、千晴の本当なんか見やしなくて。噂に惑わされて、誰も千晴に本当の意味で近づこうとしなかった。それが、千晴は寂しかったんだと思う」
はっきりとは言えないけれど、と安東くんが言葉を濁す。
でも確かにそうかもしれない、と私は思った。
天沢が褒められているのなんてもう何十回…下手したら何百回と聞いてきたけど、一度も嬉しそうには見えなかった。
皆に同調するように、今にも壊れそうな脆い笑みを浮かべる。
美しいことに変わりはないけれど、寂しさと切なさと哀しさを秘めている笑み。
心から喜んでいるようにはとても見えなかった。
「…でも、水瀬さんは違うだろ?一人の人間として、千晴を見てる。
水瀬さんは千晴に近いのは俺らってさっき言ってたけれど。俺ははっきり言って水瀬さんのほうが近いと思うよ」
「…私の、ほうが?」
意味がわからなくて首を傾げると、安東くんが優しく頷く。
「過去を話してくれたり、待っててとか言われたり…そんなの、特別じゃなきゃしないだろ。千晴の場合。色々心当たりあるんじゃない?」
ピンとこないまま『特別』と反芻すると同時に、脳内で甘い声が再生される。
──やった、水瀬さんに褒められた。
そうだ。
あのときは、褒められたのに嬉しそうだった。
やっぱり、少しは近づいていると思って良いのかな…?
