「…でもね、絶対一緒にいた時間は無駄じゃない。天沢の中で、その時間は支えになってる。
遠いから、見えないから、わからないだけで少しずつ近づいているんじゃないかな。きっと、天沢の心に一番近いのは安東くんと羽虹だと思うよ」
──さよなら、七菜香。…ありがとう。
どうして、その時その言葉を選んだのか、わからなかった。
裏切られて、痛くて、辛くて、苦しくて仕方がない。
そんな荒れ狂う感情の中、最後に選んだ言葉を自分でも理解できなかった。
でも、今なら少しわかる。
きっと、七菜香と過ごした時間は私にとって必要なものだった。
それこそ言葉では表せないけれど、絶対にそうだった。
裏切られる辛さ。
何も見えていなかったあの時間。
真実を受け止めたときの痛み。
悲しみを乗り越えるための強さ。
その一つ一つが今の私を作っている。
だからこそ、私は天沢に向き合いたいと思えた。
「無駄な時間なんてない。全部があったから、今私はここに居るんだって。きっと安東くんもそうだよ。過去に後悔しているかもしれないけれど、時間は無駄なんかじゃない。進めてたんだから。あの時から、少しずつ」
暗闇の中でもがいた、雨に濡れた、涙を流した、その時間が全部、全部、無駄なんて。
今の私は思えない。
「天沢が教えてくれた。彼があの時、私を助けてくれなかったら、気づかなかった。
それ以前に今、私はここに居なかった。
誰かと過ごす時間も、一人で孤独に耐えた時間も、無駄じゃない。どれだけ傷だらけになっても、その分強くなれたから──」
安東くんの瞳の奥から、天沢を連想させる光が湧き上がってくる。
錯覚かもしれない。
言葉は届かないかもしれない。
でも、何も言わずに後悔するよりずっと良い。
「私は、天沢に出会えたこの人生を誇りに思ってる。私として…水瀬雨音として生まれてくることができて良かった」
数ヶ月前の私に伝えたい。
大丈夫、大丈夫だよ。
光はすぐそこに迫っているから。
暗闇の中を手探りで進む日々は、終わりを迎えるから。
あと少し…もう少しだけ頑張って。
そう、伝えたい。
